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   Ludwig Wittgenstein の売れ筋最新ランキング   [2008年10月12日 12時32分]
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くちコミ情報
必読教科書というよりは参考書的ポジションかも?
哲学のバックボーン無しでこれを読んで自分なりに理解してから 『論考を読む』等の解説本を読むと、多くの人は自分の考えの浅薄さに 呆れる事になると思います。かくいう自分もそうでした。 とにかくこれは普通の本ではないので、内容を理解するという観点からすれば 『論考』を直接読むよりも解説本から読んだ方がいいのかもしれません。 でも『論考』→『論考を読む』というような順番で読むと 上で書いたような恥辱と、ある種の「そうだったのか!」的な感動が味わえますので Mな人や巷で流行の「アハ!体験」みたいな事をしてみたい人は、 ここはあえて『論考』から読んでみたらいいんじゃないかなと思います。
我々は沈黙すべきか・・
ラッセルが序文で書いてるように、ウィトゲンシュタインは何も語る事は出来ないと言いつつ、この本は何かを語っている。沈黙せよといいつつ彼は沈黙しなかった(この本の後はしばらく沈黙するがゲーデルの不完全性公理に触発されてまた哲学を始める。そして彼はこの本を否定する)  はっきり言ってしまえばウィトゲンシュタイン(Wとする)は語らないで語ることができるということを無視している。それは世界を事態の絵であるとしている時点で明白である。当たり前だが言葉は絵ではない。絵は(視覚芸術全般は)限定芸術である。(シュールレア等の現代芸術が肉体という限界インプレッションに辿り着いて絵画の歴史が終わった・・)  だが言葉は無限芸術である。例えば・・少女がイスに座っている・・と書かれているとする、解釈は文字通り無限だ、それぞれ個人によって情景の浮かび方は違うだろうし、少女という言葉が何を意味するか、それを知らない人間もいるだろう。つまりこの文は限定をしているのではない、言葉は限定をする事はできない。それはWの言うように言葉の不完全性をしめすのではなくて、言葉の無限性を示すのである。(完全や不完全さというのは何の意味もない)  何も正確に語れないから沈黙せよというのはハッキリ言って馬鹿げている、Wの言い方をするなら無意義だ。ラッセルやホワイトヘッド、フレーゲの推し進めた科学哲学ははっきり言ってエネルギーがない。哲学と行動が分離していて結局のところ何の役にも立たない。(科学というのはそもそも何の役にも立たない、科学というのを技術と誤解している人が多いが)数理論理学があまり人気が無く、ヘーゲル、マルクシズム、ニーチェ、実存主義という厳密でない(ただの宗教だとも言える)哲学が時代を動かしたのと対局をなしている。  ラッセルもやがて自分の哲学の無意味さを実感したのではなかろうか・・だから彼は後生をすべてを(まったく科学的でない)平和活動などに捧げたのであるから・・科学哲学は科学至上主義を信じたがる若者の一時の熱狂でしかなかったように思われる。年をとっても科学哲学をやり続けた哲学者はほとんどいない、だいたい転向するか否定はしないが違う事をやり出すものだ。  21世紀の社会もまた科学礼賛主義(今回はただの愚劣さが原因であるが)に支配されていてエネルギーを失っている。またニーチェのような扇動的な天才が現れて人生と哲学の一致をはかるだろうか・・しかしそのような思想はいつも戦争に終わるのである・・・・(戦争が良いことか悪いことかということはわからない。そして戦争がエネルギーをもった人間によってしか行われ得ないことも事実だ。簡単に言えばわれらには戦争をするエネルギーすらない・・人生は退屈だ)
思考宇宙のそのはてに
「思考の限界とはなにか」がこの本のテーマ。しかし、このテーマはそれ自身に矛盾を含む。 このことは、古典的宇宙論と比較するとわかりやすいのではないかと思う。 古典的宇宙論では、宇宙にはてがあるのかという大問題があった。 宇宙にはてがなければ、宇宙は無限大になるが、無限大の宇宙などありえるのだろうか。 宇宙にはてがあるとすれば、そのはての向う側には何があるのか。という問いに答えられない。 「思考の限界とは何か」についても同様なパラドックスが潜んでいる。 つまり、思考が無限大ということはないだろうが、思考に限界があるとすれば、その限界の 先には何があるのか。この問いに対し思考により答えることは不可能だ。 この矛盾を知りつつも、ウィトゲンシュタインは論理学の力で、一歩一歩、思考の限界に 向かって進んでいく。その姿はまさに息を呑むほどスリリングだ。 この古典的宇宙論と思考の限界の矛盾の問題を今一度考えて頂き、再度、この本の序の 最初の三行と、本文の最後の五行を読んで頂きたい。 その時、ウィトゲンシュタインは深い霧の中からあなたの前にその姿を現してくるだろう。   序  (最初の三行)  おそらく本書は、ここに表されている思想−−−ないしはそれに類似した思想−−− をすでに自ら考えたことがある人だけに理解されるだろう。−−−それゆえこれは 教科書ではない。   本文 (最後の五行) 私を理解する人は、私の命題を通り抜け−−−その上に立ち−−−それを乗り越え、 最後にそれが、ナンセンスであると気づく。そのようにして私の諸命題は解明を行 なう。(いわば、梯子をのぼりきった者は梯子を投げ棄てねばならない。) 私の諸命題を葬りさること。その時世界を正しく見るだろう。 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。 
哲学初心者にこそ読まれるべき本
はっきり言えば、哲学初心者には難解すぎる本かもしれません。本の形態も特殊ですし、「方法序説」などといった、所謂哲学入門的本から読みたくなる気持ちも理解出来ます。しかし、訳者注が適切に配置されているため、注を参考に丁寧に読み進めることが出来れば、かなりの部分を理解出来ますし、そして、何よりも、一番最初に難解な本を読めた!という感動が、次の本を手に取るための原動力になり得るのです。ですから、題の通り、哲学初心者にこそ読まれるべき本である、と再度言いたいと思います。全編万遍無く理解する必要などないのです。哲学ってどういうものなのかを、実地で、しかも、名著で体験していただきたい。そして、ある程度経験を積んでから、また本書に帰ってきて欲しい。 最後に、他のレビューにもありましたが、訳者である野矢さんの「『論理哲学論考』を読む」も併せて読めば本書の理解も進みますし、哲学というのは小難しい言葉をこねくり回している、という偏見もなくなるでしょう。
「問題はその本質において最終的に解決された」
ウィトゲンシュタインが生前に出した唯一の哲学書(本ならば小学校教科書かなんかを何冊か出しているので、「哲学書」としておく)。 すべてが命題で記されるという、まさに「とてつもない」本。 そして序文で「(哲学の)問題はその本質において最終的に解決された」とまで宣言する。 その方針としては ・言語の限界は思考の限界である ・答えの与えられない(語りえない)問いはナンセンスである という形で、限界を絞り込んでいる。 細かいことを述べてもしょうがない気がするので、一点だけ。 哲学というものは世界を明晰に語るものだ、という認識は、現代の哲学が半ば忘れており、そしてきちんと意識しておくべきことだと思う。


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くちコミ情報
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我々は沈黙すべきか・・
ラッセルが序文で書いてるように、ウィトゲンシュタインは何も語る事は出来ないと言いつつ、この本は何かを語っている。沈黙せよといいつつ彼は沈黙しなかった(この本の後はしばらく沈黙するがゲーデルの不完全性公理に触発されてまた哲学を始める。そして彼はこの本を否定する)  はっきり言ってしまえばウィトゲンシュタイン(Wとする)は語らないで語ることができるということを無視している。それは世界を事態の絵であるとしている時点で明白である。当たり前だが言葉は絵ではない。絵は(視覚芸術全般は)限定芸術である。(シュールレア等の現代芸術が肉体という限界インプレッションに辿り着いて絵画の歴史が終わった・・)  だが言葉は無限芸術である。例えば・・少女がイスに座っている・・と書かれているとする、解釈は文字通り無限だ、それぞれ個人によって情景の浮かび方は違うだろうし、少女という言葉が何を意味するか、それを知らない人間もいるだろう。つまりこの文は限定をしているのではない、言葉は限定をする事はできない。それはWの言うように言葉の不完全性をしめすのではなくて、言葉の無限性を示すのである。(完全や不完全さというのは何の意味もない)  何も正確に語れないから沈黙せよというのはハッキリ言って馬鹿げている、Wの言い方をするなら無意義だ。ラッセルやホワイトヘッド、フレーゲの推し進めた科学哲学ははっきり言ってエネルギーがない。哲学と行動が分離していて結局のところ何の役にも立たない。(科学というのはそもそも何の役にも立たない、科学というのを技術と誤解している人が多いが)数理論理学があまり人気が無く、ヘーゲル、マルクシズム、ニーチェ、実存主義という厳密でない(ただの宗教だとも言える)哲学が時代を動かしたのと対局をなしている。  ラッセルもやがて自分の哲学の無意味さを実感したのではなかろうか・・だから彼は後生をすべてを(まったく科学的でない)平和活動などに捧げたのであるから・・科学哲学は科学至上主義を信じたがる若者の一時の熱狂でしかなかったように思われる。年をとっても科学哲学をやり続けた哲学者はほとんどいない、だいたい転向するか否定はしないが違う事をやり出すものだ。  21世紀の社会もまた科学礼賛主義(今回はただの愚劣さが原因であるが)に支配されていてエネルギーを失っている。またニーチェのような扇動的な天才が現れて人生と哲学の一致をはかるだろうか・・しかしそのような思想はいつも戦争に終わるのである・・・・(戦争が良いことか悪いことかということはわからない。そして戦争がエネルギーをもった人間によってしか行われ得ないことも事実だ。簡単に言えばわれらには戦争をするエネルギーすらない・・人生は退屈だ)
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哲学初心者にこそ読まれるべき本
はっきり言えば、哲学初心者には難解すぎる本かもしれません。本の形態も特殊ですし、「方法序説」などといった、所謂哲学入門的本から読みたくなる気持ちも理解出来ます。しかし、訳者注が適切に配置されているため、注を参考に丁寧に読み進めることが出来れば、かなりの部分を理解出来ますし、そして、何よりも、一番最初に難解な本を読めた!という感動が、次の本を手に取るための原動力になり得るのです。ですから、題の通り、哲学初心者にこそ読まれるべき本である、と再度言いたいと思います。全編万遍無く理解する必要などないのです。哲学ってどういうものなのかを、実地で、しかも、名著で体験していただきたい。そして、ある程度経験を積んでから、また本書に帰ってきて欲しい。 最後に、他のレビューにもありましたが、訳者である野矢さんの「『論理哲学論考』を読む」も併せて読めば本書の理解も進みますし、哲学というのは小難しい言葉をこねくり回している、という偏見もなくなるでしょう。
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我々は沈黙すべきか・・
ラッセルが序文で書いてるように、ウィトゲンシュタインは何も語る事は出来ないと言いつつ、この本は何かを語っている。沈黙せよといいつつ彼は沈黙しなかった(この本の後はしばらく沈黙するがゲーデルの不完全性公理に触発されてまた哲学を始める。そして彼はこの本を否定する)  はっきり言ってしまえばウィトゲンシュタイン(Wとする)は語らないで語ることができるということを無視している。それは世界を事態の絵であるとしている時点で明白である。当たり前だが言葉は絵ではない。絵は(視覚芸術全般は)限定芸術である。(シュールレア等の現代芸術が肉体という限界インプレッションに辿り着いて絵画の歴史が終わった・・)  だが言葉は無限芸術である。例えば・・少女がイスに座っている・・と書かれているとする、解釈は文字通り無限だ、それぞれ個人によって情景の浮かび方は違うだろうし、少女という言葉が何を意味するか、それを知らない人間もいるだろう。つまりこの文は限定をしているのではない、言葉は限定をする事はできない。それはWの言うように言葉の不完全性をしめすのではなくて、言葉の無限性を示すのである。(完全や不完全さというのは何の意味もない)  何も正確に語れないから沈黙せよというのはハッキリ言って馬鹿げている、Wの言い方をするなら無意義だ。ラッセルやホワイトヘッド、フレーゲの推し進めた科学哲学ははっきり言ってエネルギーがない。哲学と行動が分離していて結局のところ何の役にも立たない。(科学というのはそもそも何の役にも立たない、科学というのを技術と誤解している人が多いが)数理論理学があまり人気が無く、ヘーゲル、マルクシズム、ニーチェ、実存主義という厳密でない(ただの宗教だとも言える)哲学が時代を動かしたのと対局をなしている。  ラッセルもやがて自分の哲学の無意味さを実感したのではなかろうか・・だから彼は後生をすべてを(まったく科学的でない)平和活動などに捧げたのであるから・・科学哲学は科学至上主義を信じたがる若者の一時の熱狂でしかなかったように思われる。年をとっても科学哲学をやり続けた哲学者はほとんどいない、だいたい転向するか否定はしないが違う事をやり出すものだ。  21世紀の社会もまた科学礼賛主義(今回はただの愚劣さが原因であるが)に支配されていてエネルギーを失っている。またニーチェのような扇動的な天才が現れて人生と哲学の一致をはかるだろうか・・しかしそのような思想はいつも戦争に終わるのである・・・・(戦争が良いことか悪いことかということはわからない。そして戦争がエネルギーをもった人間によってしか行われ得ないことも事実だ。簡単に言えばわれらには戦争をするエネルギーすらない・・人生は退屈だ)
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ヴィトゲンシュタインはオーストリア人、それゆえ彼の原書は全てドイツ語…ではない。 この青色本と茶色本は、ケンブリッジ時代の講義が元になっている。だから原典は英語ということになる。つまりこれは「ウィ」トゲンシュタインの著作だ。 奇跡の哲学者・ヴィトゲンシュタインの思想にじかに触れてみたい。でもドイツ語はちょっと…という人で、いや英語ならなんとか…という人にはオススメである。 ところで、ヴィトゲンシュタインはほぼ一貫して、哲学における諸問題というのは言語の誤った使用にもとづいている、と考えていた。 たとえば、我々はよく「タイムトラベルは可能か?」といった議論をする。 だが、「過去に行く」、「未来に行く」というときの「行く」という言葉は、ある場所から別の場所へと空間を移動する際に用いられるべきである。この空間に、時間というものを比喩的になぞらえることで、「時間移動」という表現が生まれる。 それはあくまでも比喩としてのみ意味がある。だからその比喩をもとに「過去に行くためにはどうすれば良いのか?」と議論をしても無意味である。というのも、ほんらい時間は「経つ」ものであって、「行き来する」ようなものでなないからだ。 だから、「タイムトラベルは可能か?」と問う以前に、我々が問うべきなのは「タイムトラベルという言葉にはちゃんとした意味があるのか?」だということになる。 それは、ある意味「四角い三角形はどのように作図可能か?」と問うのと似ているだろう。難しい問題であるように見えて、実は問題そのものが意味をなしていないのである。 おおむねこのようにして、ヴィトゲンシュタインは全ての哲学的問題が「解決」可能である、つまり「もともとそんなものは問題になりえない」のだと考えていた。 この『青色本』・『茶色本』も、そのような方法による問題解決(解消)の軌跡である。 哲学者は数あれど、こんな発想をする哲学者はなかなかいない。まさしく希有の天才だろう。


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