第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンはベビーブーム世代の申し子だ。天才並みの知能に恵まれている一方で、性格的欠陥に悩まされていた。おかげで彼の大統領としての人生は、高い理想と悲しむべき無能力と模範的な金融運営、家庭内での不品行が混じり合うソープオペラそのものになってしまった。アメリカが文化的な対立に翻弄(ほんろう)されていた時代に、クリントン政権はほぼ毎日、スキャンダルと災難の火種を大衆に供給し続けた。 ビル・クリントンとは何者か。そしてこのベビーブーム世代の物語はいかにして始まったのか? アーカンソー州でのクリントンの幼年期、そしてジョージタウン、オックスフォード、エール大学での学生時代を通じて、読者は彼の人生を個人の物語であると同時に、現代アメリカの物語として眺めることになるだろう。
ホットスプリングスのパークアベニューを見下ろす丘の上の家の閉じられたドアのうしろで、クリントンの継父と母親は争い続けていた。対立は最後には耐え難いものとなり、母親、バージニアは家を出て、ロジャー・クリントンと離婚した。争いに恐れおののきながらもビル・クリントンは体育を除くすべての分野でぬきんでた成績をおさめた。だが奨学生としての伝説的な成功は、ベトナム戦争と兵役にまつわる決断によって台無しになった。その選択は、今もなお彼を悩ませている。
ビル・クリントンは多くの正しいことを、そして間違ったことをした。読者はそれを心配しつつも、魅惑され、畏怖を感じながら見つめることだろう。アメリカをより良くしたいという夢とおずおずした笑顔で、彼はエール大学のスター学生だった若きヒラリー・ロダムの愛情を得ようとした。どこへ行っても彼は老若男女を魅了し、心を開かせた。とくに女性の心を。彼は大学卒業後すぐに法学の教授となった。20代で上院議員の座を争い、もう少しで当選するところまでいった。やがて州の検事総長になり、2年のうちに32歳でアーカンソー州の史上最年少の知事に就任することになる。
それでも常に災いは存在した。自分自身を、そして彼の伝説的な成功を助けた人々すべてを破滅に導く衝動だ。ジェニファー・フラワーズとの情事は、結婚生活に緊張をもたらし、後に大統領職への挑戦をめちゃめちゃにするところだった。彼は知事を一期だけ務めて辞任を余儀なくされ、人生を揺るがすほどの自己不信の危機に陥った。強力な妻の助けを借りて王座を取り戻したが、ビル・クリントンのカリスマ性にあふれた政治家としてのキャリアは、彼を引きずり落とそうとする力の上でバランスをとり続ける綱渡りの連続だった。そのうちで最も強い力は、彼という人間そのものに内在していたのだ。
共感と深い知性にあふれ、ストーリーテラーとしての技術に支えられたこのすばらしい伝記は、最後にビル・クリントンの本当の姿を描き出す。1988年の大統領予備選で彼はミスを犯し、レースから撤退する。だがクリントンは4年後に再び挑戦した。それは20世紀の大統領の歴史のなかで最も驚くべき闘いだった。これこそ、読者の心を引きつける政治と社会、スキャンダルをめぐる物語のクライマックスだ。