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【くちコミ情報】
シャッフルで
巡礼途中に起こるいろいろなエピソードの連続。 p あきらかに、故事を下敷きにしたものもあるようですし、 いろいろ深読みをしながら鑑賞できますね。 その意味では、何度見ても、いろいろな発見があって、 おもしろい。 p 全体として、一つのストーリーがあるようで、ないような、 まぁ、ぶにゅえる作品にありがちな「ゆるい」作品なので、 p DVDの「シャッフル」ボタンをおして、気ままに鑑賞す ることもできますよ。(これがけっこう楽しい)
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フェデリコ・フェリーニ
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【Amazon.co.jp】
作家を夢見てローマに出てきたものの、今ではしがないゴシップ記者に甘んじているマルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)の遍歴。彼が大富豪の娘(アヌーク・エイメ)と一夜を共にし、帰宅すると同棲相手が自殺未遂。取材で知り合ったハリウッド・スター(アニタ・エクバーグ)にはさんざん振り回され、唯一のより所でもあった知的な友人は、子どもと一緒に自殺してしまう。ショックを受けたマルチェロは乱痴気パーティへと興じていき…。 空輸される巨大なキリスト像や、腐乱した魚など、シンボリックな映像を巧みに用いながら、現代ローマの狂気と紙一重の絶望的退廃が徹底的に描かれる、イタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニ監督の秀作である。カンヌ国際映画祭グランプリ、そしてアカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞。(的田也寸志)
【くちコミ情報】
8 1/2につながるフェリーニ絶頂期の名作
冒頭の俯瞰から、いきなり8 1/2の世界。 余りにも有名なアニタ・エクバーグのトレビの泉のシーンをはじめ、映画史を彩った名場面の数々。若きマストロヤンニの美男子ぶり。 ニーノ・ロータによる有名なテーマ曲も、フェリーニ独特の映像世界に大きく貢献している。 彼の体臭さえ漂ってくるフェリーニ顔パスの五つ星作品、今はさびれてしまったチネチッタの撮影風景には往年の熱気が溢れ、映画ファンならこの映画を見ずして死ねない。
フェリーニの迷い
この時期、ネオリアリズモからの転換を図っていたフェリーニは、自らの映画スタイル確立についてかなり迷っていたようだ。ライバルたちが次々と秀作を発表していく中で相当な焦りを感じていたにちがいない。 上流階級の乱痴気パーティーシーンは、ヴィスコンティの<退廃>を、空飛ぶキリスト像や海辺にあがった巨大魚は、アントニオーニの<抽象>を模しているような気さえする。借りものの演出では伝わるものも伝わらない。本作品への評価が真二つに割れている一つの理由であろう。 映画は、ゴシップ専門の新聞記者マルチェロが平穏な生活を恐れて、巨乳女優やインテリ階級、没落貴族や映画関係者とひたすら乱痴気パーティーを繰り返す。その合間にパパラッチの過剰報道が挿入されるという構成だ。親しい付き合いをしていたはずの思想家や実の父親でさえ、気がつけば相手のことを何も知らないことを悟るマルチェロ。平穏で退屈な生活を恐れる人々の人間関係はなぜか表層的である。 唯一まっとうな生活を送っていそうなポニーテールの少女ヴァレリアと、マルチェロたち退廃組との間に横たわる<溝>が印象的だ。生命力に満ち溢れた少女の声も、心身ともに無気力に支配されたマルチェロの耳には届かない。安定した平和な生活に囚われそのまま腐っていくことを恐れた人々が辿り着いた先は、もはや自分たちの放つ悪臭でさえ気づかない退廃しきったバビロンであったにちがいない。
バイリンガル??
男女愛・親子愛・友人愛などの様々な愛のかたちを描いた作品だと感じた。そのどれもが満たされずに堕落していく人間の酷体が伝わってくる。理解できないのはマルチェロのイタリア語とハリウッド女優の英語の会話がいつの間にお互い理解していたのかと言うことであるが、作品全体に比べたら小さな事である。
馬鹿騒ぎの夜は明けて
この映画は、バブル経済時代を知っている人にはとてもよくわかる映画ではないかと思います。なぜなら、これは「泡沫」といわれるほど豊かさのあり余った社会をスケッチした映画なのですから。 いつまでたっても大人になれない男、手当たり次第に男と寝ては倦怠に陥る女、大衆と結託して空騒ぎを演出し続けるマスメディア、誰もが劇中の人物であるかのようなリアル感の欠如、きらびやかな外面とスカスカの中身、心を病む生真面目な人々…。この20年間に私たちが経験してきたことばかりです。 モノクロ画面のなかで夜のローマは妖しく輝き、遊び人たちは甘い生活を貪っている。そして馬鹿騒ぎの夜が明け、白々とした朝の光が射してくる…。漂う疲労感と罪悪感、「どうせこんな享楽も長くは続かないのだ」といった感じの諦念。まさに今の日本人のためにある映画といっても過言ではありません。さすがフェリーニは天才です。1960年にすでにこんな映画を撮っていたのですから。
心のどこかを切り取ったかのような
人間の心のどこかを切り取ったかのような作品。誰もが、堕落と絶望をおそれつつも魅かれてしまうという部分はあるのではないか。それだけに普遍的な映画だと思う。 アメリカのスター女優、聖母出現への大騒ぎ、田舎からでてきた親父のうかれ具合、パパラツィオなどなど、今でもある社会現象を見事に描いている。イタリアの古い車とスクーターだけが時代を感じさせる。 3時間は長いけれど、それだけの中身のある映画だと思います。
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名画を探すための名画事典(サーチエンジン)
この映画史は西洋文化の名画をゴダール自身が10年もの歳月をかけて1200本以上の 映画を編集したものです。 これらの名画群を観れば欧米の名画を一通り把握できるでしょう。 情報密度が莫大なのでまず1日DVD1枚を観る方がまとめて観るよりも 良いでしょう。 なぜゴダールが編集しただけの映画ダイジェスト版だけで欧米の名画が わかるのか? 実際に欧米の名画を全てわかろうとするのは誰が編集しても不可能でしょう。 しかしゴダールは自身の観た映画3000本もの映画の中から厳選して、「映画史」 に編集しました。 どんな素晴らしい映画評論を読むよりも映画のハイライトシーンを少しずつ 観た方がその映画を観たくなるし、少しでもその映画のニュアンスがわかる。 まさに「百聞は一見にしかず」。
「映画史」に疲れたら...
ゴダールの「映画史」を見る度に私はタキトゥスの「年代記」を思い出す。ただの歴史書ではないのに、難解であるが故に歴史書としか認識されない‘文学書’。もし「映画史」に疲れたら、愛にテーマを絞った‘映画史’である、トレイシー・モファットの20分の作品「LOVE」をお勧めします。DVDで発売されるかどうかはわかりませんが、とりあえず12月3日まで東京京橋にあるブリヂストン美術館で見ることはできます。
シネマ小宇宙の幼年期
夥しいフィルムの断片の氾濫。それらはデジタル加工され歪められた断片だ。言葉が、音が、ぶっきらぼうに投げ出される。断章はすばやく書かれ直ぐに消されてしまう。そしてそれらを追うことにいつしか疲れ、わたしたちは記憶の片隅に置き去りにしていた過去のフィルムを想起することを直ちに放棄する。過去が過去であることを停止する。懐かしさも想い出も剥ぎ取られた断片たちは、猥雑に意味不明の自己主張を開始する。フィルムの切れ切れたちは生みの親から離され名前も毟り盗られいわば亡霊と化して今は不死の存在へと生まれ変わった。これは映画のミクロコスモスの誕生である。映画史はたかだか100年。20世紀最大の芸術だ。過去を回顧するのはいささか性急すぎる。映画は記憶の再現ではない。無数の生の断片の集合だ。あまたの映画を殺すことなかれ。墓場から掘り起こし新たなる生を与えよ!テクノロジーは映像をいつでもいくらでも変容を繰り返せる再生可能なものとした。20世紀の歴史の表と裏とをメビウスの輪のように繋ぎながら、かつて仏映画の墓堀人のひとりだった作家は、そのまま映画の墓暴きの暴虐を企てたのだ。
映画史を超えた映像史 ゴダールの真意は?
ゴダールの映画史を映画館で始めた見たときの衝撃は、今でも覚えている。ゴダールが並々ならぬ思想家であることは、作品自体が語ってきたことである。そのゴダールが、映画史と銘打って製作したこの作品はフィルムで製作されず、ハイビジョン・キャメラで撮影されている。このこと自体が何を語るのか?映画史と題しながら映画にXマールを付した作品。この脱構築的構造が、作品の意味深長な意図を暗示している。 ゴダールは映画を語る振りをしながら、立派にヨーロッパ思想史の重層的な映像をモンタージュしてみせる心憎い演出を駆使する。未だにディテールの意味が繋がらない箇所が多い。スクリプトの採録文と映像を読み合わせながら、ゴダールに脱構築さるのは読者なのだろうが、その意味を体現さるにはゴダール並に英独仏語を母語として理解できることが条件なのであろう・・・。ただの映画小僧には退屈な作品であろう。
histoireとは、
日本語では歴史とは客観的事実であり、一方、物語とはお話として作られたものだが、フランス語のhistoi eには歴史と物語との両方の意味があり、それらが未分化な状態にある。そもそも歴史とは物語であり、映画におけるフィクションとノンフィクション、ドキュメンタリーの問題もそこに帰着する。
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1974年に日本公開され、ポルノ映画でありながら多くの女性客を集めて社会現象となったフランス映画。ピエール・バシュレの囁くような主題歌、籐の椅子に座った全裸のシルヴィア・クリステルのポスターは、あまりに有名。 20歳の若妻エマニエルは、夫の赴任先であるタイで様々な性体験に身を委ねる。性の哲学者とも言うべきマリオ老人と出会ったエマニエルは、さらなるアバンチュールを重ね、やがて成熟した大人の女性へと変貌していく…。 冒頭とラスト、エマニエルは鏡台に向かって化粧をする。冒頭のそれは、まだ幼い、少年のようなエマニエルの無邪気な表情を捉えているのに対し、ラストでのエマニエルはあたかも娼婦のような出で立ちで、濃い目のルージュを唇にひく。ひとりの女性の精神的旅立ちを描いたこのシーンから放出される、毅然とした迫力に、男はただただ圧倒されるしかないのだろうか。(斉藤守彦)
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本作品、見るまで誤解していました。
巷に氾濫していた藤の椅子に座ったポスターで、私は本作品の主演女優シルヴィア・クリステルを完全に誤解していた。本作品を鑑賞する前まで、エマニエルを成熟しきっていて妖艶な大人の女性だとばかり思っていたのだ。しかし、それは完全に誤解であった。 エマニエルは、まだまだ、女性としては成長途上にある20代前半の初々しい女性。 性に対して、ひそかな欲求を感じつつも、前に進めないもどかしさがある。 外交官の夫とタイの大使館赴任に同行し、現地のお屋敷に優雅に住んでいる舞台設定も心地よい。贅沢をするならやっぱり、アジアだ、と納得してしまうではないか。 エマニエルが美しいために、さまざまな誘惑が彼女を取り巻く。その誘惑に翻弄される姿がなんと美しいことか。 たしかに、明らかにこの作品は傑作である。 しかし、あのポスター。やはり子供心には誤解を生じさせるものではある。
きれいなポルノ
一世を風靡したこのポルノ映画は社会現象にまでなった。ストーリーには特別に語るべきものがあるとはいえないので三つ星にしたが、巷にあふれているいわゆるアダルト物と比べてみればはるかに上等で、バンコックのエロチックショウのシーン等々ら本気度がたかいのではないか。 ただただ行為だけを写しただけだったり、縛ったりなぶったりと、日本のアダルト作品は情感がなく安っぽく、どうしようもなく暗く下卑ている。それに比べればエマニエルが評判になるのも尤もな理由がある。ラストのエマニエルの化粧には、ちょっと大げさかもしれないが、戦慄をおぼえた。この種の映画の日本への上陸はこれきりで、エマニエル後の話題作にはずっとご無沙汰だ。外国には芸術的?なのがもっとあるだろう。ずっと以前のことだが、劇場公開でエマニエル以上ではないかと思うのを何回か見た記憶がある。
金髪の寅次郎
オリジナル1974年 月刊ロードショーやスクリーンの表紙にエマニエル夫人と載っているだけで、当時の小学生はどんなに心をときめかしたか。 現代のアダルト映像に慣れている方々が見れば肩透かしであろうが、ただあの当時、エマニエルという”名詞”だけでも少年たちの心は揺れ動いたのだ。 ところが、このレビューを書くためエマニエルで検索したら、なんと次々と出てくるではないか! ・エマニエル夫人 密かなる妄想の日々 ・エマニエルX レッスン1 ・エマニエル-官能の柔肌 ・エマニエル ‾カリブの熱い夜‾ ・エマニエル ‾パリの熱い夜‾ ・エマニエル夫人 愛と背徳の肖像 ・エマニエル-魔性の館- ・エマニエル夫人-異常なる愛の快楽- ・エマニエル-裸体の誘惑- ・エマニエル-快楽の女神- ・エマニエル-背徳の罠- めんどうだぁ やめた45もある。 まだ半分も転記していない。いったいどうしたんだ。少年たちを大人の甘美な世界へ誘惑しようとしていたエマニエルは、知らない間に、パリやカリブに行ったり、罠をしかけ女神になり快楽におぼれ・・・挙句の果て、Xとなりレッスンだって、まるで仮面ライダーではないか。 勉強になった。我々の知らないところでしっかりと承継されてきたのだ。これを現代エマニエルの法則と名づけよう。あるいは、金髪 車寅吉と呼んであげる。
女性必見!!
もう今から30年も前の作品。自国フランスで公開禁止処分を受けたというのもうなずけます。しかしプロデューサーのロアールが当時の大統領ジスカールデスタンに作品を見せ直訴、ポルノ解禁の記念碑的作品となったという。ポルノは男達が楽しむものとういそれまでの風潮が変わり、女性もこれを観に劇場に行くという社会現象が起きた。日本でもそうでした。この作品が海外でも上映されるようになったとき、フランス経済に大いに貢献したとの事。大統領ジスカールデスタンも自分の判断は正しかったと胸をなでおろしたのみならず、国益に貢献したこの作品を誇らしくも思ったでしょう。 このての作品を敬遠してきた女性に是非お勧めしたい。
女性の性の開花
パリにいる時は、1度だけ浮気したという、新婚の妻エマニエル。 男女関係が進んだフランスでは、浮気が1度だけなんてありえないことだ。 p その清楚で美しいエマニエルが、夫の赴任地タイに赴く。 同じフランス人が性の自由を謳歌しているが、とてもついていけないエマニエル。 p でも、女性同士の愛から、だんだんと彼女の体が開花していく。 p 性に長けた、しかし老いて自分ではできない老人の導きにより、 エマニエルは、現地のタイ人キックボクサーと交わり、快感を覚える。 p 最初は抵抗を覚えていた黄色人種とのSEXも、老人の導きにより、 女としての喜びを覚えるようになる。 p 最後に、化粧台の前で化粧するエマニエル。登場の時より大人の女に なっている。
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作家を夢見てローマに出てきたものの、今ではしがないゴシップ記者に甘んじているマルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)の遍歴。彼が大富豪の娘(アヌーク・エイメ)と一夜を共にし、帰宅すると同棲相手が自殺未遂。取材で知り合ったハリウッド・スター(アニタ・エクバーグ)にはさんざん振り回され、唯一のより所でもあった知的な友人は、子どもと一緒に自殺してしまう。ショックを受けたマルチェロは乱痴気パーティへと興じていき…。 空輸される巨大なキリスト像や、腐乱した魚など、シンボリックな映像を巧みに用いながら、現代ローマの狂気と紙一重の絶望的退廃が徹底的に描かれる、イタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニ監督の秀作である。カンヌ国際映画祭グランプリ、そしてアカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞。(的田也寸志)
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人間、向上心を失うとどうなるか
この作品ではローマの建造物のきらびやかさと、 そこに住む人々の退廃をまるで対比させる様に繰り返し延々と映し出している。 人間、向上心を失うとどうなるかという警鐘を鳴らす作品だと思う。 その辺りを、何の目的もなく、ただその日楽しく生きるだけの人々と、 全く道徳観の無いパパラッチによって強烈に印象付けている。 面白いという類ではなく、後味も良くないが、 人間の一番醜い部分をクローズアップさせており、 目を背けてはいけない重要なテーマを主題にした映画だと感じた。
誠実は美、不誠実は甘美。甘い生活。
ヘリコプターに吊られ空を飛ぶキリスト像。。 この冒頭のシーンこそが、この映画の総てを物語っている、と言っても過言ではありません。 キリスト像をモノのように、剥き出しのままヘリで運び、それをゴシップパパラッチが、キリスト像を神としてではなく人と同じ目線で追う。 神への尊敬の無さ、信仰心の無さは倫理観の無さ、それゆえに起こる現代の心の荒廃、マルチェロの心の荒廃が集約されているのです。 どこかの子供はスプーン投げ少年みたいに、狂言的な聖母光臨を語り、それを信じた病人は死に、、アメリカの女優とトレビの泉で水浴びをし、、、恋人は自分勝手な愛で縛ろうとする、、 久しぶりに会った父は心臓を悪くし、唯一、良き心、、、、精神的支柱であったスタイナーは自殺をする。 信仰、文化、恋人、家族、友人といった、「価値」を失い、享楽的な「甘い生活」に浸っていくのです。 「誠実は美、不誠実は甘美。」 誠実で美しくあるには。誘惑や罪を退けるストイックさが必要で、だからこそ、真の「美」が宿るのでしょう。 堕落して享楽的に生きるのであれば、ただただ、甘い蜜を追い求める生活をすればよいのであって、そこには、何の強さもいりません。 良心の象徴、スタイナーは、、「平和が恐ろしい、見かけは平和でも裏に地獄があるようで子供の未来を考える未来は明るいといが、、、、」と告白し、秩序無き現代に失望し、、、、お互い愛し合い超然とした時間の中で安らぎを求めていたわけで、、、、妻を殺さず、子供と自分だけで無理心中をしたのは、、やはり、、子供だけを本当の意味で愛して、別の世界に行きたかったのでしょう。 マルチェロの嫉妬深い恋人に「ご自分より彼を愛することが出来るようになれば、幸福になれる。」 と、自己愛ではなく、犠牲の愛を説いてみたり、マルチェロと久々に出会ったシーンで、バッハの「トッカータとフーガ 二短調」を弾くなど、宗教、倫理を信ずる良心の死を示唆しています。 ひとつ、、気になるのですが、、バッハは敬虔なキリスト教徒で、数々の教会音楽を作曲作詞していますが、 実は「トッカータとフーガ 二短調」は、バッハ作ではないという説もあるのです。 そう、、それは、、つまり、、スタイナーが信じた「価値」も、、真偽の程が明らかではなく、、、、つまり、、、冒頭にも書きましたが、、この世の中は、信じる「価値」を失って迷走しているという隠喩が込められていると、、、 マルチェロが心のよりどころにしたスタイナーが信じたものさえも、、、真偽の分からない「価値」だったと、、 思いますが、、どうでしょうか? 甘い罪に堕落した生活、、、、乱痴気騒ぎをして、、朝の光を迎えます。 海岸に打ち寄せられた異様な巨大魚。。。それは、享楽的な生活から、邪悪に成りつつある心なのでしょう。 朝の光の中、川の向こうで、無垢で純真な少女が、、一生懸命マルチェロに話しかけますが、もはや、マルチェロには「その声」を聞くことが出来ません。 後戻りできなくなり、去っていく後ろ姿と、少女の表情がとても心に残ります。
フェリーニの迷い
この次期、ネオリアリズモからの転換を図っていたフェリーニは、自らの映画スタイル確立についてかなり迷っていたようだ。ライバルたちが次々と秀作を発表していく中で相当な焦りを感じていたにちがいない。 上流階級の乱痴気パーティーシーンは、ヴィスコンティの<退廃>を、空飛ぶキリスト像や海辺にあがった巨大魚は、アントニオーニの<抽象>を模しているような気さえする。借りものの演出では伝わるものも伝わらない。本作品への評価が真二つに割れている一つの理由であろう。 映画は、ゴシップ専門の新聞記者マルチェロが平穏な生活を恐れて、巨乳女優やインテリ階級、没落貴族や映画関係者とひたすら乱痴気パーティーを繰り返す。その合間にパパラッチの過剰報道が挿入されるという構成だ。親しい付き合いをしていたはずの思想家や実の父親でさえ、気がつけば相手のことを何も知らないことを悟るマルチェロ。平穏で退屈な生活を恐れる人々の人間関係はなぜか表層的である。 唯一まっとうな生活を送っていそうなポニーテールの少女ヴァレリアと、マルチェロたち退廃組との間に横たわる<溝>が印象的だ。生命力に満ち溢れた少女の声も、心身ともに無気力に支配されたマルチェロの耳には届かない。安定した平和な生活に囚われそのまま腐っていくことを恐れた人々が辿り着いた先は、もはや自分たちの放つ悪臭でさえ気づかない退廃しきったバビロンであったにちがいない。
かっこいい!!
わたしって、まったくクラシック映画をみないひとだったんですけど、この「甘い生活」はよかったです!美男美女がたくさんでてきて、マルチェロがとにかくカッコいいんです!!レンタルで借りてみましたが、最近出た、廉価盤をアマゾンで買いましたよ(^^)まわしモノではありませんが、お勧めでございます!
初めて観た時のメモより
正直に言おう,「何だこりゃ」と。 ヘリで運ぶ石像。他人のボロ部屋でメイク・ラブのマルチェッロ&マッダレーナ。シルヴィアはポーズをとってローマの空港へ。頭に子猫を乗せたバカ女優は噴水へ。戯れる二人。神木を奪い合う人々と死んだ少年。マルチェッロの親父の病気。マッダレーナは求婚されるそばで誰かとメイク・ラブ。うるさいエルマを捨てて朝拾う。フリー・セックス集団のパーティ。家庭人スタイナー自殺。妻はパーティでストリップ。マルチェッロの奇行。舞い散る枕の羽根。浜辺にエイの化け物。何か合図を送る少女に,聞こえないよとマルチェッロ。聞こえないうちに再びバカ騒ぎへ手を引かれて行く。少女の微笑み。FINE。何のこっちゃ。 これは胸の奥に作家を志しつつ,日々の快楽に埋もれてゆく男のアイデンティティを,デカダン的芸術の立場から,サディスティックかつエントロピカルに捉えて,圧倒的な映像の迫力で,容赦なく繰り出される狂おしいほどの熱情の華をセンシティブかつダイナミックに描くことに成功した,などと知ったかぶった評論を加えてみても,全く無意味であるとしか思えない。 以上は初めて観た時のメモより。時を経てこのメモを読み,ハッとして観直した時の不思議な感動。名作と称される所以が,少し分かったような気がした。でも知ったかぶるのもおこがましいので星3つ。
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1974年に日本公開され、ポルノ映画でありながら多くの女性客を集めて社会現象となったフランス映画。ピエール・バシュレの囁くような主題歌、籐の椅子に座った全裸のシルヴィア・クリステルのポスターは、あまりに有名。 20歳の若妻エマニエルは、夫の赴任先であるタイで様々な性体験に身を委ねる。性の哲学者とも言うべきマリオ老人と出会ったエマニエルは、さらなるアバンチュールを重ね、やがて成熟した大人の女性へと変貌していく…。 冒頭とラスト、エマニエルは鏡台に向かって化粧をする。冒頭のそれは、まだ幼い、少年のようなエマニエルの無邪気な表情を捉えているのに対し、ラストでのエマニエルはあたかも娼婦のような出で立ちで、濃い目のルージュを唇にひく。ひとりの女性の精神的旅立ちを描いたこのシーンから放出される、毅然とした迫力に、男はただただ圧倒されるしかないのだろうか。(斉藤守彦)
【くちコミ情報】
シルビア・クリステルの魅力
劇場公開当時は小学生だったので、見たいけれども見られなかった映画。ポルノですがなぜか女性客に大ヒットして、後に(確か)日曜ロードショーでもやったと思います。そのときは見たのですが、テレビなのでかなりカットされておりました。 映画は見ていませんが、公開時に「ロードショー」誌上で冒頭からラストまでストーリーが写真と文で詳しく紹介されており、小学生には刺激的な内容だったので今でも全部覚えております。 当たり前ですが、映画はその記憶通りに展開していきます。自分の中ではすでに「名場面」化している場面が次々に出てきて、感動です。飛行機の中の場面とか、スカッシュの場面とか、馬に乗っている場面とか。シルビア・クリステルが大変にきれいで魅力的です。 ボソボソ歌う主題歌もいいです。当時から好きでした。ソフトフォーカスっていうんでしょうか。ジュスト・ジャカンの全体的にぼやけた映像がポルノにもかかわらずおしゃれです。絵もきれいで、非常に植民地主義的な表現ではありますが、バンコクのエキゾチックな風景が非常に魅力的にとらえられていました。 しかし、というかこれも当たり前というか、ストーリーはまるで意味不明。マリオという老人の性の哲学が述べられますが、ポルノ映画を撮るために無理やり作ったようなヘンテコな戯言。そんなことはどうでもよく、シルビア・クリステルを楽しめばいいんじゃないかと思います。映画の中のシルビア・クリステルの美しさは今も不変。名女優だったと思います。
なぜ
なぜ、日本でのみ、このようなDVDが売られているのでしょう? 言論表現の自由は尊重しますが、あまりにも商業主義的。 日本の恥。
女性たちよ、堂々と見よう。
もう今から30年以上も前の作品。自国フランスで公開禁止処分を受けたというのもうなずける。しかしプロデューサーのロアールが当時の大統領ジスカールデスタンに作品を見せ直訴、ポルノ解禁の記念碑的作品となったという。1974年夏、フランスで上映されるやいなや大ヒット、2年間もロングランされた。 日本でもポルノは男達が楽しむものとういそれまでの風潮が変わった。女性もこれを観に劇場に行くという社会現象が起きた。同時にその衝撃的な官能美に「芸術か、猥雑か」の論争が沸き起こった。 このての作品を敬遠してきた女性に是非お勧めしたい。
うれしい!
公開当時、友達とドキドキしながら観に行った。 その直後、ヘア解禁版も上映されたが20歳くらいで何だか恥ずかしくて見に行けなかった。最近、ふとその事を思い出してDVDを注文しようとしたらずーっと売り切れ状態。後悔しきり。 p だから、今回の発売(それも3作同時)は単純にうれしいの一言。 p 女だって見たくなる。シルビア・クリステルの魅力だと思います。
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