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【くちコミ情報】
すでに書かれたファッション史
たしかに初めてファッション史を読む人には、わかりやすい本だと思う。 その時代のアートやデザイン思潮と絡めて書いているところも「文化史」になっている。 ただし、ここに書かれていることのほとんどが、ファッション史もデザイン史も文化史も、 すでに他の人によってより詳細に書かれたことである。 それら深く掘り下げた先人の研究の表層をかすめ取って、読みやすく、 編年構成で20世紀を概観しようとすれば、このような本はできるだろう。 著者独自の新しい視点、新規な論はほとんどない。 それが「教科書」としては、読みやすくはなっているのだろうが。 著者は外国語文献は、やたらと本文に引用するが、内容の多くは日本の文献をもとに書いている。 つまり自分の文章として書いている部分の多くは、すでに日本で誰かが書いたものなのである。 リーバイスのジーンズの詳細、クレア・マッカーデル、スウィンギング・ロンドンの詳細、 パンクとシチュエーショニストとの関係性、70年代に入ってのレトロ傾向の分析など、 みなすでに他の人がより詳細に書いている。であるならば、より「独創的な視点」が必要ではないだろうか。
どこかで読んだことがあるものばかり!
ヒドイ本だと思う。巻末の参考文献を見ればわかるように、この本のそれぞれの章に書かれたことのずっと詳細が、参考文献になった本にすでに書かれているのだ。もちろんどんな評論や歴史本も参考にする本があるが、安易にその縮約文みたいなものは書いてはいけないわけで・・・ファッションだけでなく、美術・デザイン思潮も絡めて論じることで新奇さを出そうとしているが、それだってすでに書かれていること。何も新しさがなく、ただ他人の研究の上にのっかった本。これってアカデミズムの世界で、アリのことなんですか? あと当時のファッション雑誌などの一次資料に当たってないのが明白なのもイタい。研究ではなく、お金儲けのために簡便で読みやすい本を書いた、って感じかなあ。以前から雑誌や新聞に書いていた文章もそうだけれど、鷲田清一そっくりだったり、柏木博そっくりだったり、この人の論点てイタすぎるよ。参考文献だけ、コピーしてそっちを買ったほうが、ずっと楽しめるし、深い知識が得られます!
ファッションを正しく時代のなかでとらえた本!
かつて特権階級のものだったファッション。それが100年の間に、誰もがお金さえ出せばブランドものを持てる時代になったが、自分自身、ファッションにいくらか興味を持ちファッション誌を時折読んでいたものの、20世紀の流行がどのような背景で生まれ、どのように移り変わってきたか、本当に何もわかっていなかったな、とこの本を読んで痛感した。確かに表面的な出来事は知っているが、知っているのはデザインの本質ではなくて、シャネルのスキャンダルだとか、デザイナーの交代劇だとかで、デザインを正面から見ていない話ばかりだからだ。 ファッションが生まれていくには、時代の社会的な諸々の波や、他ジャンルのデザインや思想からの影響もあるらしい。有名デザイナーの人生にスポットを当てたものや、思想的に語られた本は多いが、このようにファッションを「文化史」の視点で書かれた本は、ほとんどないと思う。 ファッションの大衆化にはアメリカの成金が案外役に立っていたことなど、なかなか面白い話もある。 読後には「流行っているから着る」のではなく、もう少し真摯に服と向き合いたくなった。
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【くちコミ情報】
文化人類者学者の見た「アメリカ人の髪」
文化人類学者の視点で、しかもエッセイ風に読みやすく、アメリカの主に女性の髪について語られています。ヘアスタイリストと顧客の関係、ヴィダル・サッスーンについて、ブロンドのいろいろなど。特にブロンドについて多くのページを割いて考察しています。 p 残念なのは髪の色についての考察で黒髪がなかったことと、カラー写真がないので実際の色味がわからないこと、内容がかなり「広く浅く」になっていることでしょうか。それぞれの章について1冊ずつの本になっていてもいいくらいです。 p これを読んだら、人を見るときにまず髪に目が行くようになるのでは?
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【くちコミ情報】
個人的なことが政治的、文化こそ政治的とカルチュラル・スタディーズは語りかける
1996年に発表された、カルチュラル・スタディーズのイギリスでの形成と発展を纏めた1冊。章分けは、第一章でカルチュラル・スタディーズが用いる理論や技法について明らかにし、第二章で英国での歴史的展開を概観した後、第三章からその主要な問題領域とそこで使われる手法、主な業績と問題性についての記述が続く。第三章ではテクスト・コンテクスト、第四章ではオーディエンス、第五章ではエスノグラフィー及び歴史学・社会学の手法、第六章ではイデオロギー、第七章ではポリティクスが、それぞれ取り上げられている。 カルチュラル・スタディーズはそもそも、大きな社会制度の分析では零れ落ちてしまう、人々の日々のごく普通の生活の実践、例えば食事をしたり、職場や学校や家庭でお互いに接したりする仕方、モノや情報を消費する仕方、それが実は文化であるという認識の下、そこから実感できる範囲で人々に作用する制度的抑圧を明らかにするのが狙いだったようだ。理論的組み立てで言えばかの有名なソシュールの言語システムの把握の仕方がレヴィ=ストロースやバルトによって言語以外の表象にも拡大される事によって、やがて記号論の原理に基づいてテクスト・コンテクスト・間テクストといった情報の読解技術が進歩したことが突破口となり、イギリスでのカルチュラル・スタディーズはその手法をテレヴィジョンの分析に流用することからはじめて、後の展開につながる業績を生み出した。この著作の章立てはその問題領域が議論の深まりにつれて広がっていく順序に従っている。テクスト・コンテクストの分析がテクスト決定主義やコンテクスト決定主義に傾き出すと、テクストの読み手の自主性について分析しようという機運が高まってオーディエンス研究が行われ、その議論を通じて、人は四六時中オーディエンスでいるわけはないだろうという意識が人々の日々の生活を現実に即して記述しようというエスノグラフィーへの実践へと人々を動かし、その業績を検討することから、人々が今を生きている様子を記述して理解するだけでは、今目の前にある現実が抱え込んでいる問題性を捉えられないという反省が起こり、現状に潜む問題性を明らかにする戦略としての歴史研究・社会学の研究が行われるようになり、そこで浮き彫りになったのが構築された制度や蓄積された言説を支えているイデオロギー性だった。イデオロギー概念についてみるとマルクスの用いた意味合いはグラムシやアルチュセールによって変形されていて、ここではグラムシやアルチュセールが含意したイデオロギーが議論される。グラムシがイデオロギーの議論で用いたヘゲモニー機能はカルチュラル・スタディーズでは広範に用いられたがそれはポストモダンの議論に転用されて有効性を失ったという議論もあり、ポストモダンの取った、快楽をイデオロギーに代置しようとする戦略が産業社会の論理に利用されたという指摘もここにはある。そして、イデオロギーに関わる問題性が実世界で大々的に露呈してしまう現象としてポリティクス、ポストコロニアリズムやエスニシティに関連する議論がここには取り上げられている。 ここで触れられている知見について触れればきりがないが、一つだけ実例を挙げれば、受け手に届く情報は全て前もって送り手によって選択・編集・加工されており、そこには一定の価値判断を主張するメッセージが埋め込まれていること、その認識をテレヴィジョンの分析に応用すると、例えば各種情報番組やコマーシャル・フィルムはもちろん、直接的メッセージを発しないように見えるヴァラエティ番組やドラマ番組でさえも、その裏には価値判断を主張する強いメッセージが埋め込まれていて、その意味で全てのテレヴィジョンのコンテンツは教育番組として解読できる、といった分析がある カルチュラル・スタディーズが齎してくれる業績には公共の制度分析を補完してくれる効果が大いにある。公共制度分析一辺倒では抽象性が強すぎてしまう危険性があるし、かといって文化分析だけでは、公共体が人々を規定してる現実を見落としてしまって逆に非現実的になる。公的制度分析かカルチュラルスタディーズかの二者択一ではなく、同じ現象を見る際に両者を使い分ける方が遥かに効果的だということは、著者も文中で触れている。その点に注意しておけば、読む者に日々の生活についての新たな発見や新たな実践についてのヒントを数多く与えてくれる1冊だ。
バランスよくまとまっている
著者は、クイーンズランド大学教授で『カルチュラル・スタディーズ』誌の編集人である。英国でのカルチュラル・スタディーズ(以下CSと略す)の発展(発見)やCSの主要な問題意識が紹介されている。結論に「文化を軽蔑したり、経験を構成する権力関係を見落としたり、自分自身の経験を無視することなく現代文化について考察する方法をカルチュラル・スタディーズは学生に与えたのだった(p326)」とあるが、私自身もそういった学生の中の一人であると認めなければならない。本書ではCSを祭り上げるのではなく、それが含む問題点もところどころできちんと指摘している。後半は、メディア・スタディーズにいささか重点を置きすぎている感はあるものの全体としてバランスよくまとまっている入門書だと言っていいだろち?。
一つの解釈による教科書
英国カルチュラル・スタディーズについて,テクスト,オーディエンス,エスノグラフィー,イデオロギー,政治学というお馴染みの様々な側面からその軌跡を辿る。あまり中立的ではなく,彼自身の立場から書かれているところを良いとみるか悪いとみるか。でもこの分野は客観的科学を脱却しようとしているので,良しとしましょう。
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良くまとめてある…が。
6人の著者がそれぞれの分野の立場から「空間」と「管理」について述べている。具体例も豊富で面白いのだが、それぞれの分量は多くなく、若干の物足りなさは否めない。 特に第一章の阿部潔。彼が提示した「自由な空間」「空間の自由」という言葉は面白いのだが、結局「規律訓練型権力」「環境管理型権力」の換言でしかない。 彼は「空間の自由」が奪われることで、「予期せぬもの」「おもいがけぬもの」に遭遇する可能性が排除されているというが、本当の問題は、現状が一見すると排除されて構わない可能性しか排除されてない点にある。 「予期せぬ事故」「思いがけぬ犯罪」をセキュリティが確実に仕留め始めている以上、そうした批判の仕方は見事に説得力を失っている。監視カメラの有用性が事後的であると言う指摘も、監視カメラ擁護派の「スキャンニングとモニタリングの精度を上げろ」という主張に流用されかねない。 というかそうした点は東浩紀・大澤真幸が2003年時点で「自由を考える」で散々指摘しており、彼らがその中で述べたことがより確実に現実のものとなっていったのがこの3年間ではなかったのか。だとするならば、阿部の議論は3年前から半歩後退したに過ぎないものに聞こえてくる。
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"After a Fashion"の直訳は?
日本語タイトルは、訳者である成実先生のつけた本書全体からの意訳であろう。本文は、ファッションという言葉の持つ多用なニュアンスをこれまでの分析視点の批判的レビューと社会学者フィンケルシュタインの、先行研究の切り貼りに少々の講釈を加えた衣類・身装品・スタイル等々と自己との関わりに射程をおいた文化論、といったところか。どのくらい貼り付けたかというと、本文182ページ中に脚注が、254カ所。論文というよりは著書目録。なぜこうなってしまったのか。 第1章に、著者の用いた英語の"afte "には超えでて考察する、あるいは求めて探求する、という意味をも持つとある。しかし、社会、経済、美意識の現象など(p.15)を含めた上での多岐にわたる探求は結構なのだが、著者のメッセージが不鮮明である。「どうにかこうにか」まとめ上げた一冊から、私たちは主題解読の努力をすることになる。小説のようではあるが、訳者があとがきに一つの読み解く視点を提供してくれている。 (1)近代社会におけるファッションの意味 (2)つくり上げる自己 (3)ジェンダーとファッションの関係の再考 消費社会に関して著者の考えを探り出してみた。 ・ファッションは主体性を何度も再構成し、アイデンティティ形成に連結する(p.115) ・ファッションの仕組みは欲望と主体性とを表現する記号のディスクールが与えられる(p.116) ・美意識に合わせた身体の再構成、衣服との一体による新しい意味と自己の形成(p.119、125) ・ファッション産業の民主化(p.150) ・欲求は分類されないが消費の原動力とみなされる(p.168)、などなど あなたも、オオカミ少年がオオカミと暮らすうちにオオカミになる(p.168)、ということについて考えてみよう。 目次、章節。索引なし。参考文献あり。原注・訳注あり。ひもなし。
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