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   多木 浩二 の売れ筋最新ランキング   [2008年12月05日 07時52分]
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多木 浩二  
¥ 735(税込)
通常24時間以内に発送
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カスタマーレビュー数:4

くちコミ情報
モデルの視線、撮影者の視線
我々は日常的に人の顔を見て暮らしており、肖像写真はそれを切り取って固定化したものである。実生活においては、よほどのことがなければ、1人の人の顔を長時間見つめることはしない。肖像写真においてはそれが可能である。肖像写真は、人間という一番移ろいやすいものを題材とするがゆえに、撮影者も、モデルも、鑑賞者も、時代の影響から逃れることができない。本書は、3人の代表的な肖像写真家を取り上げ、それぞれの視線の背景を平易に解き明かしている。写真の歴史に興味がある方はぜひ。
タギな写真論
 筆者の見方がどうもすんなりと落ちていかない。ひっかかるのだ。もとより私は写真についてほとんどズブの素人であるから高名な美術評論家である氏に噛み付いたとて始まらないことは承知している。だが、どうも納得できない。  創成期の写真家ナダール「顔の個別性にこだわって写真を撮った」と多木氏は語っている。この時代、つまり写真の創成期には、人びとの意識の中で写真はまだ特別なものであった。正装して、「写真館」に出向いて、一生に一度の晴れの姿を撮ってもらう。撮られた写真は家宝の位置に収まる…てな具合だったろう。しかも、この時期の撮影は今日とは比較にならないくらい大掛かりで時間を要する作業だったはずだ。撮られる人は現在よりかなり長時間の緊張と静止を要求された。つまり意識とハード条件、二重に特別だった初期の写真は肖像画のようにならざるをえなかったと考えるべきだろう。筆者はそういう点を意識的にか無視しているように思える。2人目のサンダーについても写真機が携帯可能な大きさ・機能になった点をやはり切り捨てて論が進められているのが気になった。3人目の写真家アヴェロンについての見方は納得できたのだが、最初の二人については筆者の見方にうまくついていけなかった。  ケチを付けてしまったが、ここに紹介されている写真はどれも魅力的でそれを見るだけでも価値のある本である。
買いです。
本書は、19世紀後半から現在までを50年刻みの三期で捉え、それをナダール、ザンダー、リチャード・アヴェドンという三人の写真家の作品の「差異」を通じて、「記述された歴史とは違う歴史」を浮かび上がらせようと試みた一冊です。したがって、作者はそれぞれの作品の細部に目を凝らすことによって、その向こうの撮影者の視線を読み取ろう、読み解こうと試みます。いわく、各章の表題にある「ブルジョワの理想」であり、「二十世紀の全体像」です。しかし、つまるところ、「写真は言葉にはならない視覚的な直感を与え」、「提示するだけである。判断はしないのである。」(P124〜125)とする作者は、読者である我々にそれぞれの作品が喚起するイメージ、呼び起こす感興に身を任せ、享受することをのみ促しているようにも思えました。こういった分野にはまったくの門外漢の僕が支障を感じさせられる専門用語など使われることなく、あとがきにもあるように素人を対象にした講演会でも聞いているような気安さがあって、含蓄に比してとても読みやすい作品だと思います。  
視線の果てに向う三人の写真家
多木浩二の著作は、それが大著であれ、こうした新書であれ、リーダブルで軽みがあるが、その淡々とした記述のなかにハッとさせられるようなことが書いてある。しかも後から気付かせられる場合が多く、記憶に残る文章といえよう。 専門の写真論のなかでも肖像写真に絞った本書は、まさに記述された歴史によっては描けない、また伝えられない歴史を掬い取ろうとする試みであるが、彼自身の記述のスタンスは、限りなく写真に近づこうとしているのかもしれない。 ナダール、ザンダー、アヴェドンといった写真家の肖像写真を扱いながら、静かに紡がれる 「まなざし」への考察は、確かに記述されない歴史を浮かび上がらせている。 それにしてもアウグスト・ザンダーの写真は魅力的だ。もっと大きな版型で見たくなる。 ザンダーを扱った写真論としては、ベンヤミンの『写真論』も面白いが、リチャード・パワーズの傑作小説『舞踏会へ向う三人の農夫』が頗るつきの面白さだ。


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カスタマーレビュー数:3

くちコミ情報
スポーツを切り口に
 著者は芸術学を出発点に、修辞学や記号論の立場から近現代文化を論じてきた人物。  本書は、国民国家論、ナショナリズムの議論を越える現象としてのスポーツに着目し、分析してみせたもの。  前半は、80年代以降のスポーツ史研究の動向をまとめたもの。近代スポーツの概念、スポーツがイギリスで発祥したこと、オリンピックの発生、アメリカにおけるスポーツの変質とメディア。先行研究の大まかな流れが見事に整理されており、これからスポーツ史を勉強しようという学生には有用だろう。いくつか疑問点も残るが。  後半は、近現代スポーツをどのように解釈するかという議論。身体性、ナショナリズムとの複雑な関係が提示され、多木氏がスポーツに注目した理由が良く分かる。ただ、あくまでアイデアの提示という段階に留まり、もう少し踏み込んで欲しかったとも思う。スポーツ研究への導入の書としては充分なのだろうが…。  多木氏の他の著作に親しんでいる読者には、ちょっと物足りないかも知れない。 むしろ、スポーツに関心のある人に読んで欲しい一冊だ。
エリアスに関する残念な誤解
本書が良書であることは疑いない。筆者はノルベルト・エリアスとミシェル・フーコーの理論を応用し、スポーツの歴史的展開の中に、近代特有の身体の成立とその暴走を見てゆく。基本的にこの分野では門外漢の芸術学者による著書だからこそ、スポーツ史家やスポーツ社会学者よる専門的な研究とはひと味違った、 読み応えのある身体論が展開されている。スポーツ史概論、あるいはスポーツ考察入門としてもよくまとまっている。 ただここでは一点、本書にある重大な誤解を指摘しておきたい。著者は、近代国家における非暴力化と近代スポーツ発生の関係を指摘するノルベルト・エリアスを、以下のように批判する。「(近代国家の安定は)実は国家による暴力の独占に依存していることに、エリアスは気付いていないのである。(P35)」 この批判はこの一文にとどまるものではなく、著者はこの「エリアスの暴力論の限界」を乗り越える形で本書終盤の議論を進めてゆく。 だがこれは、エリアスの著作に少しでも親しんでいる者なら、誰もが目を疑ってしまうような勘違いと言わざるを得ない。なぜならエリアスの主著『文明化の過程』の主旨のひとつは、まさに「近代国家の安定は、国家による暴力の独占に依存する」ということだからである。意地悪な例えを使うなら、著者の多木によるエリアス批判は「実は地球は回っているということに、ガリレオは気付いてなかったのである」というようなものだ。 これは明らかに著者の多木が、エリアスがスポーツについて論じた論文数編のみを参照し、彼の主著には目を通さないで本書を執筆したせいであろう。本書を手に取る諸兄は、この点だけは留意して読んでもらいたいと思う。もちろん、この誤りは本書全体の主旨とはあまり関連せず、よくできた案内書としての本書の価値を大きく損なうことはない。
スポーツから見た近現代史
 1928年生まれの多作の芸術学者・記号論者が1995年に著した新書本。スポーツ史を本格的な知的対象にしたノルベルト・エリアスは近代スポーツを「文明化の過程」の一環として捉え、「野蛮な現実の模倣」としての古代スポーツとは異なる、規則に基づく「非暴力的競争」と定義した。しかし非暴力化が国家による暴力の独占と表裏の関係にある一国的な出来事であることを看過している点と、現代社会でスポーツ活動の過熱を促している力(資本)について殆ど考慮していない点に、著者はエリアス理論の限界を見、近代スポーツ史を振り返る。それ自体としては現実の根拠を持たない(=地方性の払拭、人為的)書かれた規則に基づくゲームとしての近代スポーツの原型は、都市と田舎を行き来する19世紀イギリスのジェントルマンが個別の地域を超えた規則の統一と制度化を実現する中で生まれ、まずはネイションを基盤として成立した。それゆえにそれは人格陶冶、フェアプレイ重視、規律・訓練を受けた優雅な身体などのジェントルマン的理念を帯びており、近代オリンピックもそうした理念を受けて誕生した。しかしスポーツのアメリカナイゼーションにより、スポーツは大衆化され、企業化され、メディアにより言説化され、選手はプロ化する。ここにおいてジェントルマン的スポーツ観は理念としては維持されつつも現実には失効し、身体的な技量の過剰な洗練化と勝敗へのこだわりが前面に出、また計測の精密化に伴い記録の精密な差異が追求される(記号化)。こうした中でドーピングが恒常化し、また暴力を制御してきたゲーム性の解体としてのフーリガン騒ぎが生じる。1970年代以降の性差の相対化は、男性の身体を想定した従来のスポーツ概念に転換をもたらし、身体の多彩な関係を生み出すと著者は見ている。最後にスポーツの現在として、著者はネーションの相対化(スポーツの個人主義化・国際化)、メディア分析の必要性を指摘している。 p                       


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カスタマーレビュー数:2

くちコミ情報
内容は面白いが
内容は面白い。近代のデザインや建築史を椅子の歴史から切り込んでいる。 ただし,多木氏独特の言い回しである事と,内容が殆ど70年代に書かれた文章の再録であり, 文章が非常に読みにくい。
「人間」と「もの」との関わり
 (西洋)人間の文化・歴史を「もの」との関わりから論じる,興味深い書。  第一章:「もの」と身体/では,家具という「もの」の中から17世紀の椅子とベッドを取り上げ,人間の身体との関係性に言及し,「儀礼的身体」「快楽的身体」,さらには「象徴的身体」という言葉で締める。  第二章:コレクションから展示へ/では,フランス革命・美術館・博覧会をキーワードに,「芸術」という「もの」と「商品」という「もの」について論じる。  第三章:虚構の王国/では,ノイシュヴァンシュタイン城で広く知られる,バイエルンの王・ルードヴィヒ二世(1864-86)に注目し,「まがいもの」という「もの」の様態を考える。  第四章:ヒトラーの都市/では,1920-30年代のドイツに注目し,「もの」の様態の多様化に注目。近代建築運動とナチズムの関係について論じつつ,ヒトラーの都市を人間からなるモニュメントを最大の表現とするものと指摘する。また,建築に対して「大きさ」と「永遠性」というモニュメンタリティを求めたヒトラーに対して,シュペアは「もっともモニュメンタルな建築をつくることは廃墟をつくることであり,死を表象することである」と答えたことも興味深い。  「もの」が溢れる現代(日本),「人間」と「もの」との関わり方も今までに無い様相を呈しているように思う。ただ所有するのではなく,如何に所有するか?  数ヶ月毎に機能アップ?した新製品が登場する携帯電話,修理するよりも買い換える方が安い電化製品,コレクター心理を利用した某飲料メーカーのおまけ大作戦,どうしても豊かさとは違う違和感を覚えてしまう。


モダニズムの神話 (1985年)
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カスタマーレビュー数:1

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ヌード写真の歴史がわかる
ヌード写真の歴史をたどりながら,そこに見られる性の政治学,男女間の意識を評論した本. 個別的な作家論も少々あります.被写体(女性),撮影者,閲覧者の関係性を中心に述べています. 取り上げられている写真は, 19世紀半ばの無名氏になるヌード写真から,ロバート・メープルソープ, ヘルムート・ニュートン,果てはアラーキーと幅広いです. 扱っているジャンルも, 嗜好品としてのヌード写真,絵画の代償としての芸術的ヌード写真, グラビア誌のピンナップなどジャンルは幅広いです. この本で,家族ヌードというジャンルがあることを知りました. ヌード写真にさまざまな意味付けをすることが可能であることがわかります. p 週刊誌のグラビア写真を見たとき,薀蓄を垂れることができるようにるかも.


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著者らしく茫洋とした筆致で描き出される「都市の現在」に始まる都市論は、都市住民の合力から合理的に計算しうる範囲を超えた“過剰な”何者かを論じようとする。都市は、権力と主体、あるいは監視の構造によって構築されながら、必ずそこから漏れる闇をはらんでいる。合理的な把握の企図からはみ出す部分まで含めて、都市の総体をあぶりだそうと著者は模索しているようだ。そう評者には感じられる。 そして後半では、そもそも国民国家の首都としてモデル化されていた枠組みを、都市が超えようとしつつある点に焦点が当てられる。国民国家の中に成立し、首都として国境内を内部化していたはずの都市が、今やその内部化したものを首都(をモデルとして成立した都市)として他国の首都(都市)へと外部化し、都市間に国民国家の枠を乗り越えていく回路を築こうとしている。その意味で、都市は国民国家というパラダイムから合理的に把握しうる範囲を超えた一面を見せる存在なのである。 合理的に構築されつくしたように見える私たちの生活世界のどこに、都市が脱出口(それは闇と言われたり「ゼロ」という比喩で言われたりしている)を開けているのか。都市が有する、そのような得体の知れなさに、今更ながらに気付かされた思いがする。



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動物園のおもいで
第2部第1章は ベンヤミンをリファーしつつ記憶について論じられている。 そこに、だれにでもある記憶として 「動物園」と「公園」が取り上げられているのが面白い。 動物園はいまだに好きで、年に1,2回いくので、楽しみながら読んだ。
内容は素晴らしいんだろうけど、
難しい!
秀逸な読書論 雑学者の夢 多木浩二
著者の多元的な関心と著作誕生を支える読書の記録ともいえる好エッセイ集。柔軟でしなやか思考の軌跡を読書遍歴で記録しているが、読みの細部に拘った鋭利な読解は著者一流であるが、ユダヤ的思考との類似性を自ら指摘しているのも面白い。30年前林達夫と久野収が対談(思想のドラマツルギー)で流行させたアビ・ワールブルクの「愛しき神は細部に宿り給う(De lie e Gott ve steckt im Detail.)」を引用しながら、読書におけるその実践をローラン・バルト、ソシュール、ベンヤミン、フーコーなどを主に展開する。対極的な思想家の組合せでポリフォニックな構図が鮮やかに浮かび上がる。終章に収められた読書論は秀逸で多くの読者の共感を呼ぼう、曰く、「ある書物という意味の時空間を通り抜けた経験は無意識のなかに沈殿している。書物は物体ではない。生きている人間の経験のなかで変質もし、消滅もするテクストなのである。再読することは、埋もれた記憶を掘り起こす行為である。かつて読んだ書物の内容だけを思い出すのではない。忘却のあいだに経験した世界によって、変形された記憶として想起することなのである。読書とはわれわれの生命と離れがたいものであり、世界を認識とも分ちがたいものなのである。」この精確な認識が著作の魅力を根底で支えている。


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浅い考察
 「ご真影」の製作による映像化による天皇制の浸透を「見えるもの」「見えないもの」の二分法でのみ説明しようとしている。  果たしてそれで充分なのだろうか?  同じように「見える天皇」『見えない天皇」を扱ったT=フジタニ氏の『天皇のページェント』では、受け取る側の「臣民」「人民」「市民」の視点からも複合的に「天皇の可視化」の問題と実体の不明な抽象性との比較をしていることと比べれば、あまりに浅薄な考察といわざるをえない。  残念だ   昭和天皇誕生日に
「御真影」なる「まなざし」による支配の全貌
「御真影」前夜の支配力学、「御真影」という支配装置を丹念に説きおこしていく。「御真影」というまなざしは、いかに「臣民」らに内面化されていったか。それは日本近代の「精神」による支配の来歴でもある。卓抜な視点設定に、説得力ある歯切れの良い文体。読んでいて快感を覚える佳作である。「多木写真学」の金字塔。
肖像の流通を通して鮮やかな手さばきで天皇性の本質に迫る傑作
肖像の「下付」が上からの強制を伴いながら、下からの自発的な希求という 形態をとっていくという巧みな流通方法をとっていたことを、当時の「家父 長制」とむすびついてゆく天皇制の浸透過程とオーバラップさせて解き起こして 行く。 「見えるもの」の「見えないもの」の二分法、さらにその「見えないもの」 が「見えるもの」と「見えないもの」へ分節されてゆく…、そうした、どこ をきっても上位・下位が相同的に反復していく階梯の中に「天皇制」の強固 な浸透の基盤をみている。 いささか「記号論」すぎて、そうかな?というところもあるが。具体的なも のに表象された制度性を解き起こしての展開は読んであきることがなかった。 しかし、何故新書を廃して高い現代文庫に?
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