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   戯曲・シナリオ の売れ筋最新ランキング   [2008年07月06日 17時18分]
2008年07月06日(日) 戯曲・シナリオの第1位は 『ハムレット (新潮文庫)』!
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一振りの香水の香りが あたりを漂う
 高校時代の一夏に演劇をやった事がある。文化祭の一環に演劇コンクールというものがあり それの練習で夏休みを費やしたわけだ。僕の行っていた高校はかような行事が大変盛んで 授業より行事で存在感のある人が尊敬されていた。  そんな夏に 演劇コンクールのために 新潮文庫でまとめてシェイクスピアを読んだ。何か役に立つと 15歳の僕が考えたのだろう。  今考えると 15歳にシェイクスピアはちょっと荷が重かったと思う。口ではシェイクスピアが描き出した「人間の苦悩」というような話をしていたが 所詮たいした苦悩などしてきていない高校生の生意気だけであった。それはそれで青春時代のエピソードとして 今でも僕のどこかに残っている。  シェイクスピアというと まずは本作ということになると思う。ハムレットは読んだことがなくてもハムレットという名前は皆が知っている。「ハムレットの心境」とは今でも良く使われるではないか。 「To e , o Not to e. That is the question」という言葉は 映画「荒野の決闘」でドクホリディが朗読した場面での有名だ。  そうして それがシェイクスピアの凄みである。シェイクスピアの一つのセリフが出てきた瞬間に その映画、その舞台、その場面が がらりと雰囲気が変る様は良く見られる。俗な言い方をすると一瞬にして香気がただようとでも表現すれば良いかと思う。その雰囲気は 一振りの香水にも似ている。  「To e , o Not to e. That is the question」。そう それは誰にとっても 何時になっても問題なのだ。  
クレメンタイン=オフィーリア、チワワ=ガートルード
ジョン・フォードの『荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)』という映画を見ると、フォード監督は清純派よりもチワワのような「魔性の女」タイプのほうが好きなのでは?と思ってしまう。ただ、西部劇を見に来るような客というのは逆の嗜好である可能性が高い。その辺のジレンマがあの映画に出てたような気がする。ラストに「クレメンタインという”名前”は好きです」という台詞があるのは一種の皮肉かと思った。 『ハムレット』を読んで同じようなことを感じた。
シェイクスピアの作品。
シェイクスピアの作品はテーマが3つに分けられるそうだ。 それは、命、女、金(かね)。それぞれの意味は、何のために生きるか?という事で、 「命」は自分自身のために生きること。 「女」は他人(家族・恋人を含む)のために生きること。 「金」は地位や名誉・・人間以外の物品などを手にするために生きることである。 例えばこのハムレットは「命」に属する作品で、「女」はロミオとジュリエット、「金」はジュリアスシーザー、リチャード3世、マクベスなどが代表的な作品。 ハムレットの中にも「女」「金」の要素は存在するが、主人公ハムレットはそんなものには目もくれず、自分自身の宿命を背負って死ぬ。シェイクスピアの哲学は現代にも生きている。
読むべきか読まざるべきか
もちろん、読むべき。 福田恒存氏の翻訳が素晴らしい。 読み比べたわけではないが、この水準に達するのは至難の業と思われる。 臣下たちの凛々しさ、ハムレットの台詞のカッコよさ、言葉遊びの面白さなど、いろいろな要素を生かし、実に充実している。 福田氏自身の解題、さらに中村保男氏の解説と、全てが揃っている。 浅野勝美氏の表紙絵もとても雰囲気がある(なんと『皆川博子作品精華』の装画もこの方とのこと)。
伝わる情熱
 私は福田先生の訳のシェイクスピアしか読んだことがないので他の翻訳のものと比較することはできませんが、非常に読みやすく、しかし格調高さをもった訳だと感じました。読んでいる一つ一つの台詞につけられた身振り手振りが眼に浮かんでくるようです。ハムレットは悲劇ですが、これを書いたときのシェイクスピアの情熱が伝わってくるようでした。他のシェイクスピアの作品や他の翻訳を読んでみたくなる良い作品かと思います。  さてハムレットは狂気にとりつかれているか否かですが、私の考えでは半々かと思います。人間の心のうちに矛盾した二つの考えがあり、その間を揺れ動くというのは自然なものです。憎しみ、恨みというものは往々にして人を狂気へと誘うものであり、しかしハムレット自身は、諸所の台詞からも伺えるように、筋の通った理性的な王子であると考えられます。それ故に彼は確かに復讐を成し遂げ、しかし意図せぬ悲劇のうちに命を落としてしまったのだと思います。  余談ですが、つい笑ってしまった箇所があります。95ページの加減をたずねた王に対するハムレットの返答です。それまで彼のおかしな発言のなかにも筋が通っていましたが、これだけは本当に意味のわからない言葉が見事に並んでいたのでつい吹き出してしまいました。「カメレオンよろしく〜」って王でなくても意味がわかりません。その前の場面で「気ちがいにならねばならぬ」と言っていたことにそって、本当に狂った演技というのがでています。


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読みやすさ抜群、だがもう一歩奥を!
鴎外の名訳があるというので、高校生時代にファウストに初挑戦したが、なにが面白いのかわからなかった。先生に話すと、受験とは関係ないなと言われた。大学生時代だったかに相良訳のファウストが岩波文庫で出たというので読んだ。内容を掘り下げるのに苦労した。自分でも読み方が不十分と思ったし、ゲーテに対する一般的評価とは違いすぎるなと思った。その後、中央公論から手塚訳(手塚富雄訳のことで、池内訳2巻の末尾に出ている手塚治虫の漫画とは別物)が出た。これは面白かった。たしかにファウストは(そういわれるからかもしれないが)、特に第2部が奥が深いなと思った。そして、別の契機から「新訳」というのに興味がわいて、池内訳を読んだ。今までのものとの違いに驚いた。わかりやすさは格段上だ。ただし、この訳を最初に読んだとすると、ゲーテの深みが出ない感じもする。一語一語を理解するのに考えながら読んだ過去のファウストに比較すると、池内訳は「斜め読み」さえ可能である。これは、過去とは違って、時間にゆとりも出来て、ゲーテの「イタリア紀行」を携えながらナポリからパレルモへ船で渡ったり、ヴェネチアを楽しんだり、ギリシャ神話の母国やトロイ遺跡へ行ったりした後で読んだから、よけいにわかりやすかったのかもしれない。ちなみに、シチリア島のパレルモを歩くと、ゲーテの時代を感じることが出来るから面白いものだ。この池内訳は、活字離れの進む今の若者にはいいだろう。ファウストの粗筋を知って、手塚訳か相良訳に挑戦してもらうとよけいにいいと思う。特に、全てを「金銭」で判断したり、片づけようとしている今の日本の社会を見ると、多くの人(若者も高級官僚も政治家も)にファウストを読んで、考えて欲しい(特に第2部)。なお、池内訳では解説が素晴らしい。挿絵は断然、文庫ではない手塚訳のものだ。★4の理由は、新しさ(読みやすさ)と豊富な内容の解説への高い評価に、これだけではゲーテを理解するには不十分であることと挿絵のまずさのマイナス点を加えたものである。
積ん読だったけど、読み終わった。読んでみるべきです。
 “ファウスト”積ん読の一冊だったのに、読んでしまった。 池内訳の散文は一気に読めたし、山本容子の銅版画のイラストもぴったりだと思った。  前半は、戯曲という形式と、神や悪魔などを受け入れるのにちょっと戸惑ったが、霊液で若返り、マルガレーテにいいより思いを遂げるファウスト。そのためにマルガレーテは、ファウストに兄を殺害され、母は死に、妊娠。産まれた赤子を殺し、獄に繋がれる。彼女に救いはあるのだろうか。最後の場面には、感動した。  読むきっかけとなったのは、北村薫「スキップ」のなかに「時よ、とまれ、おまえは美しい」の「ファウスト」の詩句を読んだことにある。  古典とは、さまざまなものに影響を与えているのだ。人間は何時の時代も変わらない。読み返すほどに奥が深いと思う。  
今までに無い素晴らしい訳本
ファウストと言えば、相良守峯先生の名著と思われている方にも是非ご一読をお薦めしたい。 深くを追求するには、あまりにも困難きわまるゲーテであるが、このような訳が可能であるのかと、驚きながら一気に読みきってしまった。 本来の文章を追う訳本である場合、言語差による面白みの欠如からどうしてもストレスを感じてしまうのだが、異国への憧れ、人の本質、著者の伝えたいイメージがぐぐっと押し寄せてくる感じ。 ゲーテは難しいと苦手意識のある方にも安心して薦められる。少しの西洋史か神話の知識があれば、青少年にも楽しめる内容であると思う。 個人的に、挿絵のイメージが異なり星4つとさせて頂いた。
新たなファウストの誕生
 あらすじはご存知、ファウストとメフィストの賭けの顛末であるが、訳と注によって、これほど読後感の違う作品に初めて出会った。  例えば、第一部ではファウストが悪魔に魂を売ってでも究めたかったこと、この重要な部分で訳語から受ける印象が違う。つまり、ファウストの性格設定が違ってくる。 p  また、順序が前後するが、冒頭の「捧げる言葉」は瑞々しい口語体で心に響く。「あるのは思い出そうとする意思だけだ。」という、アメリカ人人気作家の手に成る連作の切ない一節が浮かぶ。豊饒かつ長大なことで名高い作品で、フランス人作家が生涯かけて「求め」たのも、そうした「時」である。  ゲーテがこの部分を書いた時、彼は既に五十路に近い。なぜ過去は輝くのか。まだ、私にはわからない。しかし、その輝きが第一部のテーマであるように思われた。 p  明快でリズミカルな池内訳は特に年少の読者におすすめしたい。一方、『ファウスト』は一生に何度も楽しめる作品として、つとに知られる。先行する鴎外、相良、高橋各訳で読まれた方には、池内訳の結ぶ新たなファウスト像を、頭の体操を兼ねて楽しんで頂きたい。
本を読む歓び
旧来までの訳は難解とのことですが、この池内訳は読みやすいく、お正月休みに一気に読みました。山本容子さんの挿し絵もステキ。 読書の歓びをたっぷりと堪能させてくれました。来年のお正月休みにでももう一度読みたい。 また私はこれを機会に原文の韻文に忠実な旧訳も読んでみようと考えてます。


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今の季節にぴったり
妖精の女王タイターニアと、人間の世界の恋人たちに 妖精パックが魔法をかけるが、手違いで奇妙なことになる「夏の夜の夢」と、 追い落とされたかっての王が、元の地位につこうと魔法をふるい、 その娘と、互いにひとめぼれした王子の恋が すべてを大団円に導く「あらし」 二話とも、人間の世界と魔法や妖精の世界がまじりあう幻想的な雰囲気と 登場人物たちの心情のリアルが 美しい文でしあげられています。 ちょっと強引な大団円ですが、あらしのラスト、エピローグは ちょっとした仕掛けになっていて、すごく好きです。 今の季節に読みたい一冊です。
「身の自由」とは
『夏の夜の夢』は素敵な戯曲です。四人の若き 恋人達のドラマ、妖精たちの幻想的な物語、そ して職人達の芝居修業という、三つの筋が夏の 夜の森の中で展開します。 タイターニアに仕える妖精、豆の花・蜘蛛の巣・ 蛾・辛しの種が可愛い。 読み終えると「ハーモニー」の感覚が、読者の 心を満たし、「幸せ」を実感させてくれます。 子供の頃、『あらし』の和訳を読んだ時、ラスト でプロスペローが魔法の杖を折ったことに、「何 故?」と思ってしまいました。 「昔の悪事を許された人たちが、これから翻意し たらどうなるだろう!近く結婚するミランダと ファーディナントの為にも、魔法の杖を持って いるべきでは!」等と考えてしまったのです。 今思うと、当時の自分の感想が恥ずかしいです。 プロスペローは自分の意思で杖を折った。 魔法の使い手でもなければ、妖精を自在に動かす 存在でもなく、有限な存在である自分自身を受け 入れたかったのだとしみじみ実感しました。 そこに彼が最後に求めた、「身の自由」があった のだと思います。 作者シェイクスピアが単独で書く戯曲としては これが最後。プロスペローに自己の心境を託した ことが窺えます。
妖精の信じられないリアリティー
「夏の夜の夢」にも「あらし」にも、妖精が出てくるが、 それが現実にいるかのようなリアリティーがある。そ して、どちらの話もハッピーエンドで終わるのが、う れしい。シェークスピアの目には、妖精が、魔法が、 見えたのではないかと思ってしまうほどのできばえである。
一番好き!
シェイクスピアの作品で最も好きなのが「夏の夜の夢」。 先ず、タイトルが最高に良い。何か幻想的でハッピーで、 胸を締め付けるような爽やかな甘美さを感じさせてくれる。 登場人物たちが妖精なので、多くの台詞が自然に幻想的になっており、 聞いているだけで、心ときめく。詩情豊かな幻想喜劇。 そして、そこから紡がれるふくよかな台詞が全く陳腐にならず、 見る者の心にすーっと優しく染み入ってくる。 読む度に、幸せな気分になる珠玉の作品だと思う。 チェスタトンもこの作品が大好きだったようだ。 花々の甘い風のなかに踊るキャラクターや台詞たちは、 何か抱きしめたくなるような懐かしさも感じさせてくれる。 福田恆存氏の訳は素晴らしく、 「待つ身の楽しさもあと四日、そうすれば新月の宵が来る。 かけてゆく月の歩みの、いかに遅いことか!」と始まると、ドキドキする。 「露をさがしに行かなければ、そうして桜草という桜草の耳たぶに、真珠の玉をかけてやらなければ」 「キューピッドの矢に射抜かれた紫の花の滴」 「おい、音楽だ。〜この大地のゆりかごを、そっとゆすってやるのだ。〜それ、雲雀の声が朝の歌を」 最後はパックが「ちょいと夏の夜のうたたねに垣間見た夢幻に過ぎないと」 「いずれパックが舞台でお礼をいたします」と言って消えていく。 「あらし」も良い。さすがシェイクスピア。 ただ、「夏の夜の夢」が、私にとっては素晴らし過ぎる。 是非ともオススメの宝石。
解説もくわしい
少し前ハリウッド映画にもなっていた『真夏の夜の夢』(ただし福田恒存氏は 夏至の前日という舞台設定、そしてイギリスの夏は過ごしやすい陽気であるこ とを考え合わせ、「夏の」夜の夢にしている)&シェイクスピア晩年の傑作、 『テンペスト』をおさめた文庫。 一見、異様な取り合わせにも思えるが、両作品とも、妖精が出てくるなど多少 p 幻想的なところが共通しているともいえよう。 妖精パックの手違いで、恋人たちがごちゃごちゃになってしまうMidsumme Night's D eam、そして領地を追われたミラノ公プロスペローが、自分と娘 ミランダを追いやった者たちを乗せた船を難破させるところからはじまる『あ らし』、どちらも面白く読める作品。結局、夏の夜の夢の恋人たちはあれで良 p かったのだろうかとか、プロスペロー達の和解が微妙に不完全だったり、と いうところもあるが、短くて読みやすく、基本的にはハッピーな物語である。 巻末に解題つき。但し、字がとても小さい上、ところどころブレたようになっ ていたりして、体裁上は読みにくい。


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きれいはきたない。きたないはきれい。
マクベス。魔女の予言。誰もかれもがマクベスにその手を汚せとささやく。 「きれいはきたない。きたないはきれい」という魔女のなぞの言葉・・・・。 それは完全無欠な人生を歩むには、邪魔者を殺しその手を汚すしかなく、 その手を汚したくなければ完全無欠な人生など歩めはしない(王にはなれない)という強迫なのだ。 それがマクベスの鍵となる文句。その強迫に操られてマクベスは死ぬ。
人間の本質と弱さを突く
シェイクスピアの作品は、実際の演劇を見てから読むに限る。舞台での台詞のテンポと臨場感を一度経験しておくと、文学として読む作品に生命が宿る感覚を覚える。 どの作品もそうだが、マクベスも、シェイクスピアの人間の本質と弱さをシニカルに描いた作品と言うべきだろう。無闇に人生訓のようなものを導き出すのは良くないが、やはりどうしても、シニカルな視線の中に、学び取らねばならないものを感じてしまう。この作品では、魔女の囁きにそそのかれ、独善的となり、高揚した主人公が、冷静さを失ったゆえに、結局は身の破滅を導く、というストーリー。治世というレベルでなくとも、あらゆる人生の場面で、こんなことはあるものだ。 それにしても、やはりシェイクスピアの詩のような言い回し、巧みな比喩には、美しさを覚える。このような美しさ、それも”冷徹な美しさ”こそ、天才のなさる業だろう。
森が動く!
W・シェイクスピアによる四大悲劇の一つ。 スコットランドの武将マクベスが、自らの野心と策略によって破滅する過程を描く。 王位欲しさに徳の高い君主であるスコットランド王ダンカンを暗殺したマクベス。 手にした王位を死守する為に非道の限りを尽くすも、犯した罪に苛まれる。 そして洞窟へ赴いたマクベスに魔女が言う。 「マクベスは滅びはしない。バーナムの大森林がダンシネインの丘に攻め上らぬ限りは」 「そんなことがあってたまるものか」 洞窟から帰ったマクベスはその後も非道の手を弛めることはなかったが、 魔女の言葉が真実であることを、やがて意外な形で知ることになる。 武闘派マクベスの内面の弱さによる葛藤が読みどころ。 ストーリーもシンプルで読み易い作品。
自身との対話
個人的には冗長で長編の作品が好きなため、なかなかシェイクスピアの作品には手がでなかった。 作品同様、彼の作品に対する批評にもほとんど触れたことがないため、残念ながら作品の手法、芸術的側面についてはなんともコメントしがたい。 そういうわけで、今回は専ら内容的、警句的な側面について。 この作品では権力的志向の醜悪な側面がマクベスの顛末に体現されている。ある人がこれを端的に「権力の魔性」と表現したが、まさにこの一言に凝縮されるであろう。 マクベスが権力の魔性の虜となって行く転機はどこにあったのだろうか。言い換えれば彼はどこで踏みとどまれば作品のような悲劇的結末を体験せずにすんだのであろうか。 直接的な契機は三人の魔女との遭遇にあるように描かれている。三人の魔女に唆されたというように。しかし作中のマクベスは魔女達に偶然的に狂わされた人物としては決して描かれていないように思われる。むしろマクベス自身がもともと保持する醜悪な側面が単に魔女との出会いを契機に噴出したに過ぎないというほうが穿っているのではないだろうか。 私は常々思うことがある。自分の醜悪な側面の存在を認め向かい合い、内的対話により止揚せんとする姿勢が、自身の醜悪に飲まれず逆にそれをコントロールしていくための肝要なのではないか、と。 描かれてはいなため想像の域を出ないが、日常のマクベスにはそれがなかったのだろうと思う。おそらく彼は自分の醜悪な面をはっきり自覚した体験を持たず、故に止揚するすべを知らなかった。 そのため、魔女達との出会いにより噴出した醜悪性に対し、彼は抗する(むしろ付き合うというべきか)すべをもたなかったのだろうと思われる。そして醜悪性に飲まれていくのである。 殆ど想像のみから書いてしまったが、私の読後感である。
人間の脆弱さを戯曲で味わう
私にとって恥ずかしながらこれが初シェークスピア作品となったのですが、この「マクベス」には無駄な描写がなく、ページ数も少ないため、すらすらと読み進められました。 全体として、魔女の預言が総て的中してしまうところや、マクベスが運命というものを意識しているところからも、世界や人間の動向を全的に操る「神」や「運命」といったものを作品から排除している訳ではないのですが、それでもその中に於ける一個人の持つ「欲望」といったものに視点を当て、人間の愚かさや脆さ、はたまた狂気というものを描いている点に、最終的に宗教的な救いがあるような作品とは別のリアルを感じました。 また、「いいえ、この世に生きているのだ、ここでは、悪いことをして、かえって褒められ、よいことをして、危ない目にあい、馬鹿呼ばわりもされかねない、そうだとすれば、悪いことをした覚えはないなど、所詮は女の愚痴でしかないのか?(p86 マクダフ婦人)」 「人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる。白痴のおしゃべり同然、がやがやわやわや、すさまじいばかり、何の取りとめもありはせぬ。(p110 マクベス)」 など、随所に印象的な台詞が登場し、戯曲ならではの味わいを感じられました。


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芸術の不可能性
ランボーの『地獄の季節』がいい例だが、ある時点から、少なくとも芸術に対して誠実であろうとする者にとっては、もはや何も創作するができないという事態が生じた。 『ゴドー』はその逼迫した状況に勇敢にも挑戦し、小さな、しかし偉大な風穴を開けることに成功している。 「どうにもならん」というエストラゴンのセリフから始まるこの劇は、芸術の不可能性を認識した上で、その不可能性と戯れている。 一方では、軽快でナンセンスな喜劇であり、他方では、終末の予感(芸術の死、人間性の死)に満ちた悲劇である。 いずれにしても、芸術を志す者にとっては避けて通ることのできない道である。 本書は現代に生きるわれわれの導きの糸となってくれるだろう。
『象徴的』という意味を深く実感。
例えば、生きる事の意味をとことん考えて見る。「意味」「価値」etc....。二人の何者が分からない男が延々とはぐらかした無駄話を続ける。「ゴドー」という何者かを待ちながら。戯曲とは「読むための文学」として完結する事が存在理由なのではない。芝居に昇華されるための「アウトライン」として、「開かれて」いるべきものだ。そしてこの戯曲ほどあらゆる解釈と演技を成立させる、『開かれた戯曲』はまず、ない。演出家と役者の解釈と実力によってあらゆるカラーを見せ、とてつもなく面白い芝居にもなり、最低のつまんない芝居にもなる。(日本では10年程前に、蜷川幸雄氏が男版・女版として、2バーションを演出した、男「西村晃・江守徹」女「市原悦子・緑魔子」が凄かった。アメリカでは「スティーブ・マーチン」と「ロビン・ウイリアムス」がNYで演じている。凄いキャスト。ぜひ見たかった!)だからこそ本作は演劇の可能性を高らかに歌い上げている。読んで面白い、という作品ではないが、『象徴的』という形容がこれ以上的確にあてはまる作品はなく、それを生みだした、ベケットの着想の凄さに敬意を表して★5つ。
我々は何かを待っているのであろうか?
とにかく考えさせられる劇である。ゴドーを待つ二人を中心に劇は進むが、ゴドーは誰なのか?何故待っているのか?等などの疑問が次々を浮かぶ。 p 読み終わって、あたりを見渡し考える。我々は何かを待っているのであろうか?何を期待し今日を過ごしているのであろうか? p 混沌としている世の中を読み解く鍵としても一読をお薦めする。


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幽玄
他にもサロメの日本語訳本はありますが 文体と格調の美しさと簡潔さはこの福田さんの訳本が一番でした。 此処に出てくるサロメの姿は月の光のようにはかなく消え入りそうでいて 最後抑えていた感情を全て曝け出して愛する男の首に接吻する狂える女。 神秘的で幽玄・・・そして可愛いらしくも強い少女です。 ビアズリーの挿絵(これも素晴らしいのですが)すらこの名訳の前にかすんでしまうほど。 この福田さんの訳本が無ければ自分はここまでサロメという作品に魅せられなかったでしょう。 文句なしにお勧めです。
コンパクトな毒
短くて、毒気に満ちている。ウィスキーボンボンのような作品ですな。本の薄さに手軽に味わえると思うと悪酔いする。子供のときに、所詮お