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   政治・社会 の売れ筋最新ランキング   [2008年07月06日 09時24分]
2008年07月06日(日) 政治・社会の第1位は 『偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))』!
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無駄な環境対策へ警鐘を鳴らす
繰り返し、環境対策の嘘・無駄に警鐘を鳴らしてきた著者の最新作。 項目としてはこれまでの著書と余り変わらないが、「可能な限り確実な情報を整理した」とあるように、無駄な非難や中傷を受けないように考慮して整理し直してある。 この本で中心となる主張は、「環境問題は、個別の問題だけを見るのではなく、全体として環境に優しいのか、バランスを常に見ることが必要」という点である。そしてその観点で問題なのが、日本の「行政の縦割り」だと指摘する。各省庁の守備範囲の制限から、全体のバランスを取った施策の実行が難しいのである。 新しい話題としてバイオエタノールの問題がある。これも「燃料を燃やしたときの二酸化炭素の排出」というひとつの観点だけで考えたために、バイオエタノールはカーボンニュートラルで環境に優しいということになっているが、実際はアメリカで1キロカロリーのバイオエタノールを作るのに1キロカロリーの石油を使っているという。 現在のやり方を非難するだけでなく、最終章では「本当に環境にいい生活」の提言がされている。その中でリサイクルに関しては、分別回収をやめ、2種類のゴミとして出すことを推奨している。リサイクルと温暖化対策をやめるだけで一人当たり年間3万円近くの節約になるという。 日本にはびこる「エコロジー」という名を借りた国家ぐるみの偽装に、単身で切り込み続ける著者の勇気には敬意を表する。
誤りが多く因果関係のないことを結び付けている
内容に誤りが多く、因果関係がないことを強引に結び付けて結論を出している。 以下例を示す。 因果関係がない主張。 割り箸についてマイ箸運動を行ったから、日本で割り箸が生産できなくなり中国からの輸入に頼らざるを得なくなった。 内容の誤り (誤)京都議定書は二酸化炭素の削減目標である。 (正)京都議定書は二酸化炭素を含めた温室効果ガスの削減目標。 ほかにもさまざまある。なお部分的に正しい意見もあるがそれは間違った主張を補強するために都合のいい範囲で利用するためのものである。
読むべき本
巷にはびこっている似非エコロジー対策に常々胡散臭さを感じ疑いの目を向けている人は私を含め多いだろう。この本は多くの疑問に答えてくれる。整理されていて非常に分かりやすい。できるだけたくさんの人に読んで欲しいと思う。ところで、英国では個人がゴミの分別収集やリサイクルを強制されることはない。家庭やオフィスではプラスチックでもビンでも生ゴミと一緒に捨てて構わない。ただ街のところどころに大きなリサイクルボックスが置いてあり、リサイクルの有効性を信じて分別したい人はどうぞというシステムになっている。分別されていないゴミは集められて安い移民労働力を使って手作業で分けているらしい。いずれにしてもリサイクルが有効とは政府も誰も言わず強制もしない。一方でフードマイレージは大々的にやる。石油資源の節約と国産食材へ消費者を誘導するという明確な国家ポリシーがあるからだ。
物は大切に。 「リサイクル」という名の「無駄使い」。
この本は「買い」かな、と思いました。 内容を全部鵜呑みにしようというのではないですが ジャーナリスティックな切り込み方が良いと思います。  「リサイクル」という美名のもとで、ごみを量産する私たち。  「リサイクル」が始まってから3倍以上消費量が増えたペットボトル。  ペットボトル会社は当然大もうけし、  ふたを取ったり、洗ったり、分別して手間や時間をかけたペットボトルは、  大半がリサイクルされず、焼却処分等される。 などといったことが、たくさんの事例とともに紹介されています。 もちろん本を読んで判断するのは私たちです。 物を大切にして、 ごみの出ない生活をするのが大事かな、と思います。
久々に面白かった本
環境サミットも近いし、環境関連本でも読んでみるかと思い立ち手に取りましたがなかなか面白い! ちょっとエビデンス不足かなという気がする部分もありますが、いままでサラッと流していたレジ袋問題、古紙偽表示問題、ペットボトル問題等まじめに考えると奥深い事が解り、非常に楽しめた。エコ、エコと語る人にはこの本で語られている事は良いアンチテーゼだろうし、現在の行政や社会の流れに疑問を持っている人には理解を進化させるジンテーゼの書になると想う。ともかく、色々なヒントがある本なので環境問題を考える上で良い啓蒙の書と思える。


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誰にでも人間らしく平等な社会を
環境から受ける要因を考えずに貧困は全て自己責任に帰結するのはあまりにも横暴すぎると思います。 「多くの資本を投下されたものが、望ましい効率性を身にまとい、市場で生き残り、そこで蓄積された富が次の効率性を生産する。企業は国からさまざまな優遇処置を受けて、子は親から高い教育費をかけてもらって、初めて市場的な優位を獲得している。 その結果、生まれた時からスタートラインが異なるという「機会の不平等」が存在し、セーフティーネットの崩壊と生活保証なき自立支援がそれに追いうちをかけている。」 P211より抜粋 貧困に陥りやすい要因をもって生まれて、なおかつ有名無実のセーフティーネット(あるにはあるが穴だらけで引っ掛からない)。 さらには貧困ビジネス(貧困層を食い物にしたビジネス)がより一層貧困からの脱出を困難にしている感じがします。 これでは滑り台社会どころか「落とし穴社会」 とすら思ってしまいます。穴の下に落ちれば、貧困ビジネスというアリジゴクが貧困からの脱出を邪魔しています。 一度道をあやまれば貧困まで一気に落下。 あげく貧困は子どもの教育機会を奪い、さらに貧困を継承させていく。 資本のない人には、人間らしい生活もさせず(水際作戦とかいう役所の対策により)、その子どもの未来までも奪う。 一体なにが自己責任なのでしょうか? 貧困家庭の子どもは、お金がなければ高い教育がうけられないので学びたくても学べず低学歴で社会にでなければならない。学ぶ機会をとり上げられた上、セーフティーネットには引っ掛からずに貧困を継承する。 さらにその子どもの世代も・・・ その子たちに向かって貧困は自己責任だなんて言葉を言えるハズがない。
見えない貧困がようやく見えてきた
2006年6月、総務大臣であった竹中平蔵氏は「大問題としての貧困はこの国にはない」と言い切った。2007年末、彼は貧困の調査と対策をはじめて口にする。こうしたほんの数年前までの貧困への無理解は、竹中氏特有の問題ではなく、多くの日本人の共通した感覚を代弁したものに過ぎない。貧困の静かな拡大に、多くの日本人は気づかず、一部は気づかないふりをしてきた。政府は貧困に関する調査を本格的には行っていない。これは、「経済大国」「一億層中流」「平等の国」といったドグマに、多くの日本人が縛られていたことを意味している。 そして、安易な自己責任論が、努力しても貧困から抜け出せない人を、さらに「努力が足りない」と突き放し、彼らから生きる活力を奪っている。本書によれば、頼みの綱であるはずの生活保護も、窓口が「申請させない」ことを目標とした対応をしている。これから、政治は誰を守るのか、本書は強く問うている。 メディアの中で語る人の多くは成功者である。成功者は自分の成功を「運がよかった」とは決して言わない。全ては自分の才覚、自分の努力の賜物だ。彼らに「貧乏な人」は見えても、「社会問題としての貧困」は見えない。メディアのスポンサーは大卒社員がほとんどの大企業だ。いきおいメディアには自己責任論があふれ、貧困に苦しむ人は発言する機会を奪われたまま、次の世代にまで貧困が引き継がれ、身分制のように階層が固定化している。 もはや貧困は片隅の問題ではなくなった。貧困によって貧困層同士の対立、政治や企業の不信を産み、日本を、支えあうことができない社会へと変貌させつつある。誰もやりたがらないけれど誰かがやらなければいけないことを、著者達は続けている。
非科学的な自己責任論は有害無益
 やる気のない貧困者を、「自助努力が足りない」というお説教で叩くのは簡単だ。しかし、そんな無責任かつ無思慮な放言では、彼らを実際に動かす力にはならない。著者が実証するように、マトモな生活の場、ある程度の余裕、著者の言う「溜め」がなければ、自助努力をする力は生まれてこない。また、ある程度夢や希望がなければ、挑戦心や自助努力をする気持ちは生まれないだろう。  自助努力が生まれる前提条件を見落として、自己責任だけを言うのは、あまりにも非現実的であり非科学的であり不合理であり、非倫理的でさえある。  最近の自己責任論は、「個人(の精神・思考)」と不可分であるはずの生活・環境・社会」という重大な要因を捨象して、すべてを「個人の気持ちの問題」に短絡させている。実に非科学的である。昔の非科学的な精神論とどれほど異なっているというのだろうか。  著者は、自己責任論の論破に成功している。著者の示す実例・取り組みの成功例が、止めを刺している。    著者の考えの基本。 1「格差問題」と「貧困問題」とは区別すべき。 2「貧困」は絶対に否定・防止すべきで、体や精神の健康を維持できる必要最低限の生活は万人に確保されるべき。 3自助努力云々はその後の問題、二次的問題。(自助努力に応じた「格差」については否定しない。)    評者は、この本の内容と著者(の活動)を高く評価するが、著者とは別の次元の問題意識をも持った。果たして現行の社会保障制度は有効に機能しているのか?、現行の制度を大きく改革する、または根本的に新しい制度を構想・導入する必要はないのか?など。(最近評者は、少し前にヨーロッパで、全く新しい社会保障制度である「ベーシック・インカム制度」というものが構想され、今(特にドイツで)現実的な問題として議論されていると知り、大いに興味をそそられ、啓発され、考えさせられた。この制度は、「貧困問題」や「経済と福祉の効率的な両立、両方の質を落とさない両立」という問題に対する新しい解決策を持っており、日本でも、きちんと研究・議論・検討されるべきだと思う。)    社会保障や貧困問題を多少なりともマトモに考えたいのなら、この本は必読だ。
クールでホットな市民的行動への誘いの書
 貧困はつねに隠されている。その存在は誰にとっても都合が悪いものだからだ。  筆者は日本における貧困層の存在を、豊富な統計的なデータを援用しつつ、自らの支援経験もそれに重ね合わせながら、冷静かつ客観的に明らかにしていく。こうした説明によってこれまで見えなかった貧困問題が見えるようになった私は、まさに蒙を啓かれる思いがした。  しかしそれだけなら「学者」にもできる。筆者の強みは社会からはじき出された人たちのさまざまな声に、ずっと耳を傾けてきた貴重な体験にこそある。それゆえ、この本で紹介されている多くの人たちの発言には、筆者の熱い思いが同時に込められることになり、単なる事例紹介を超えたある種の感動を与えるものになっている。  最後の部分で筆者は、すぐにこの本が古びてしまうという代償を払って、反貧困運動の現状分析を試みている。それは日本の反貧困運動がまだスタートラインにすら達しておらず、いま多くの人たち(つまり、読者たち!)が自分にもできる市民的行動をしなければ、こうした運動自体が雲散霧消してしまうという危機感によるもののように思われる。  強度の大きい橋は、最も弱い部分が補強されているものである。つまり筆者の言う「強い社会」を目指すのであれば、最も弱い人たちをその周りの人々が支えなければならないはずなのである。こうしたいわば当たり前の認識が欠如した社会には、たとえそれがどんなに経済的に豊かだと言われていたとしても、個人的には住みたくはない。この本を読んで、私は素直にそう思った。
自己責任の下の無責任を正す
本書を読むまでは貧困とは本人の自助努力が足りないからであるという強い意識を持っていた。 すなわち、「怠惰な人間が貧困に陥っているに過ぎない」といった考えが強かったが、著者の多くの経験と客観的データを基にした「すべり台社会」の危うさを提示され、セーフティーネットの脆弱性や日雇派遣の非人間的な扱い、社会保障の制度上の問題がよく理解できた。 著者は自ら派遣社員として登録し働いた上で、問題点を指摘しているなど、非常に説得力のある内容。 以前からよく話題になっていた多重債務者問題やネットカフェ難民の問題点等も網羅されており、社会の陰部とされ隠されてきた貧困問題に対する問題意識を醸成するには非常に有効な1冊であった。 ただ、やはり心の隅に「人間は貧困に陥らないように(さらに上を目指して)日々努力しなければならないし、努力は必ず報われる」といった制度上の問題を超越した意識があるため、貧困層に対して強い同情心を持つには至らなかったのが正直な気持ちである。


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組織において失敗がどのようにして起こりうるか、組織や成員の特性や要素から失敗の本質を明らかにしようとした良書。
組織において失敗がどのようにして起こりうるか、組織や成員の特性や要素から失敗の本質を明らかにしようとした良書。他のレビューを見ても名著との評価が大勢を占めています。 また、本書は第二次大戦(大東亜戦争)での日本軍の特徴的な組織的大失敗の6ケースから帰納的に失敗の原理・法則性を見出そうとしていますが、見えてくる事象・結論は単なる失敗の原理・原則というだけでなく、近現代の日本人論でもあるように感じます。単なる昔話ではなく、現在の日本人および日本人組織にも大小なり多少なり受け継がれてしまっている、「失敗の芽」を数多く見出したように思えました。 私自身は近現代の軍事史に疎いため、本書で取り上げられたケースの正確性は言及できませんし、そこから失敗の法則性を抽出した論理についても細かく議論できません。しかし、本書で述べられた数々の日本(軍)的思考や特性には経験的・感覚的に納得させられるものがありました。 少なくとも私の所属する組織では、組織の様々な単位(業界・会社・事業所・部門・グループ・チーム)で本書に挙げられた「失敗の要因」や「失敗を生んだ組織・成員の特性」が根強く蔓延っています。したがって、本書で得られた知見を自己および組織内で充分に蓄積・共有化できれば、非常に有益なものとなるでしょう。 ただ本書でも述べられている通り、日本(軍)的な要素を持っている組織では、「組織の大勢を占める空気を変革しようとする異端者」には極めて強い抵抗力・抑圧力を発揮しがちであるため、本書から得た知見を組織として学習しようとするのが実は一番困難なのかもしれません。
いまだに旧日本軍的組織から抜け出せない現代組織の所属員へ贈る解決へ向かうための手引書
太平洋戦争(ノモンハン事件含む)での代表的な旧日本軍の戦闘失敗事例6例に ついて、主に組織論を中心とする共著者らにより組織論的な側面から検討を加えた 書になります。 内容は大きく三部構成で、第1章は議論の下地となる各事例について、背景、具体的な 戦闘経過・結果、事例の背後に潜む分析が述べられている研究、第2章には、研究に 基づき更に深化させた分析を事例の共通性からあぶりだしています。また終章に おいては、上記分析から導き出される教訓を主に米軍との比較により組織の特質を 明確にし、単なる事例研究ではなく、現代の組織(政治、官僚、経済など)を 考察する際にも有効である重要な視点を提供しています。 既に初出以来20年を経過している本書ですが、内容と加えられた考察、導出した 教訓は現在も褪せることなく、むしろこのような検討が現在も継続せず、旧来の 戦略にしがみつく組織の多さに危機感を覚えます。 旧日本軍的組織(現代における一部の組織)においては、過去の成功体験に執着し、 パラダイムシフトを伴う創造的破壊が不得手である、と喝破した本書には、その 活動の重要性は十分に述べられていますが、研究に紙面を割いたため、その解決策は 示しきれていない面も感じられます。 但し、旧日本軍的に基幹の戦略の変更無く日々前進するという、その混乱した状況の 中で、混乱の本質すら見極めることが難しいといった組織に属する方は、本書を 手に取り組織が起こしうる失敗の解決に向かって端緒を開いていただきたいと思います。
20年以上も前から失敗が予言されていた
旧日本軍の6つの大規模戦闘についての考察を通じて、敗戦へと向かった「失敗の本質」を探ろうとする大作。 ミッドウエイ海戦時点ではむしろ日本海軍の戦力は、米国より優勢だったのだ(実際ミッドウエイの際も、米軍機に大きな損害がでている。)。戦場での目的意識の不徹底が、ミッドウエイでの不覚の敗戦の事由となったと、本書は説く。 問題は著者達は20年以上も前に、「日本軍と同じ過ちを、日本企業が犯しつつある」ことから本書を書いたにも関わらず、われわれはいともたやすく「二度目の敗戦」を喫してしまったということだ。 今から読んでも、遅くはない。いまいちど、今度敗戦しないため、個々人はどうあるべきか考えねばなるまい。
優等生の作文みたい
 太平洋戦争の敗北を研究した書物と言うことになっている。しかし、ここに書いていることは、すでに語りつくされたことばかりである。もっと突っ込んだ別の視点からの、本心からの痛烈な反省にもとづくような、今後に役に立つ研究であるとは、おもえない。  書いてあることが違うというのではない。この程度で事足れり、一丁上がりという安易な態度が見える。こんな本は何十冊書いても何の役にも立たない。その証拠に何度でもおなじ事をくり返している。  ただの作文ではないか。太平洋戦争について書いた書物はぼうだいにある。日本軍の官僚的非能率について、無責任体制の原因はどこにあったのか等々、示唆に富む著述は多数ある。それらと比べてみれば、本書にはあたらしい発見はない。本書が空文であることは、今後何十年かたってみて、自衛隊がどんな結果を残すかをみれば明らかになるとおもう。  今日の防衛省のお粗末振りを見ても、本気で研究したような結果が生きているとは、おもえないのである。史上最高価格にして最低性能といわれる戦闘機。自衛隊員は”ないよりマシンガン”を持たされているというではないか。自衛隊がイラクのサマーワで作った記念の灯篭、これは爆弾で吹っ飛んでしまったが、じつにくだらない。大丈夫か、と心配になる。
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失敗の本質は、日本軍がなぜ負けたかについて戦略面と組織面の両方からアプローチし、 その洞察は現代の経営においても普遍性が高いとの評判を勝ち得ている名著である。 但し、全部で400ページを超える上に緻密に書かれているので、意外としっかり読み込めている人は意外と少ないのが現状である。 以下は、本の読み方について自分なりの知見を述べたい。 まずは、はしがきと文庫版あとがきを読んで著者のメッセージを把握するとよい。 次に、序章を読んで著者の狙いと本の構成を見ておくといいだろう。 いよいよ、第1章からは本題にはいる。 第1章から第3章の概要を記す。 第1章は、第二次世界大戦において日本軍のターニングポイントとなった6つの戦闘が書かれている。 それぞれ、戦闘の概要を記し、その上で、アナリシスという項目でなぜ負けたのかという分析がなされている。 第2章は、6つの失敗から抽出した洞察が書いてあり、第3章は洞察を元に失敗の教訓(今後どうしたらいいのかという指針)が書かれている。 第1章から第3章の読み方には2つアプローチがあると思う。 1つには、ケーススタディとなる6つの戦闘に関してあまり知識がない場合である。 この時は、第1章から順番に読んでいけばいいだろう。第2章、第3章の結論を把握したら、それをもとに再度第1章を読み返してみると効果的だ。 まずは6つの戦闘を擬似体験し、2章、3章で帰納的に結論を導きだしたら、仕上げに結論をもとに演繹的に1章のケースを分析してみようというわけだ。 もう1つは、ケーススタディとなる6つの戦闘に関してある程度の知識を持ち合わせている場合のアプローチである。 この時は、正直に第1章から読むよりも、第1章は飛ばして、第2章→第3章の順で読み進めたほうが効率的だ。 第2章、第3章を先に読んでおいて結論をつかみ、そのうえで第1章のケースを見ていく。帰納的なアプローチは省略して、演繹的アプローチを取ろうというわけだ。 もちろん、本の構成から考えれば第1章から読むほうが順当なのだが、いかんせん第1章は200ページ以上あるので、読み切るのに意外に苦労する。 自分の知識と持ち時間とを照らしあわせて、どちらのアプローチを取るのか選択してみて欲しい。 いずれのアプローチにしても、読了した頃にはこの本がなぜここまでの評判を勝ち得ているかの理由が自然と見えてくるだろう。 もちろん、資本主義社会を勝ち抜く大きな武器の1つになることはいうまでもない。


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原本から跳躍して、彼方へと消えていくだけ
『蟹工船』に超訳『資本論』ときた。俄かのサヨクブームである。これは喜ばしい。前者の既成政党絡みにはいろいろと問題があるが(小樽の小林多喜二記念行事は某既成サヨク政党の宣伝活動に利用されていたらしい)、後者については、そのデキはともかく大いに疑問を抱かざるを得ない(デキについて言えば、超訳が“跳躍”や“チョイ訳”になっていないことを祈ったものだ。勿論評者は本書を自腹で購入し、読んだ上でいっているのだ)。 それでは何が疑わしいというのか。まずこの新書、超訳カルチャーに対してである。これは数多くの自己啓発ビジネスカルチャーの片棒を担いでいるのではないか。しかも、マルクスをネタにしてである。大多数の自己中啓発書は、読んでいる者がいかに喜んでいても、儲かるのは書いた本人だけであり、小銭とはいえ散財した上で思考停止に陥る類のものであるのと同じように、ヒューマニズムにまぶした跳躍本で跳躍できるのは一時の己の頭だけ、いわばトリップするのであってこの複雑怪奇な現実に対する理解はさっぱり進まない。本来良心をたっぷりと持ち合わせた学者先生は、こういうちょろいお金儲けで少々懐は潤い、本筋の研究は疎かになる。読者は見えやすい現実ととっつきやすい理論解説にわかったような気になって安堵し、時には脂下がる。何という現実か? ハッキリ言おう。こんな超訳では『資本論』から何ひとつ学べないし、ますます我々の思考はビジネスカルチャーに塗れていくと。我々の敵は、こうしたスタンスのカルチャーそのもののはずではあるまいか!
怒りに立脚
後ろから読むと、分かりやすい。読んでいくと、資本主義への怒りがこみ上げてくる。
要約『資本論(第一巻)』
『資本論』第一巻を10分の一程度に要約した本。 これから『資本論』を読もうという人に最適である。 本文からの引用が的確で、太字で読みやすい。 後記にあるように『資本論』後半部のマルクスによる当時のジャーナリスティックな実例が、この種の本にしては多め紹介されており、『資本論』が今こそリアリティーをもつ本であることを実感させられる。植民地的収奪や国家による合法的収奪は『資本論』の時代よりもより身近になったのだ、、、 引用された本文は著者自身によるであろう訳自体が読みやすいし、ところどころフランス語版から引用しているのも訓古学的な色彩を払拭していて爽快だ。 マルクス自身の章立てを踏襲しているので、『資本論』本文との対応もわかりやすく、変な抽象化や、造語がされていないのがありがたい。 消費を促すケインズ的な視点、国家による収奪、環境(自然)からの収奪、協同組合の可能性、そういった今まで『資本論』に不足しているとおもわれていたものがすべて折り畳まれていたことに今更ながら驚く。 第二巻、第三巻、はすでに第一巻の要約に折り畳まれていると考えられなくもないし、労働人口の問題等も触れられているのであらたな要約を必要としないとも言える。 ただし、具体的な対策等を考えるには第三巻は重要だし、全体の見取り図という点では第二巻は再評価されるべきだと思うので、やはり続編に期待したい(利潤/利子/地代に関しては図解があると便利なのだが)。 また、少し瑣末で専門的なことを言えば、スピノザの弟子云々の記述(p.47)や、プルードンを労働時間価値説と捉えた部分を鵜呑みにしている点(p.74)が気になった。 スピノザに関しては、レッシングをきっかけにしたスピノザ再評価と友人による遺著の出版を混同しているという些細なものだが、スピノザ経由のマルクス再評価(ネグリ等)がすすんでいる現在、見過ごせない。 プルードンに関して言えば、著者はフランスで研究会などに参加しているはずであり、この程度の理解しかないのは現在のフランス社会主義研究が遅れていると思われかねず、再考の余地がある。 マルクスはプルードンから、構成された価値、集合理論、などの概念を実質的に貰い受けているが、いずれも(敵の歌を歌うといった意味で)具体的に活用する方向からは外れてしまった。 これはマルクス自身の政治主義的な傾向が理由としてあるのだが、これは読者が今後の読みのなかで克服すべき課題かもしれない、、。 その意味で、この本の製作にmixiのコミュが活用された旨が巻末に記載されているのは興味深い。これなどは分析に徹したゆえにおろそかになった具体案、つまり社会的インフラを搾取でない方向に活用することの具体例であり、可能性を感じさせる。 プカレリアート(不安定とプロレタリアートを合わせた造語)に関しても要所要所で触れられており、多様な価値観を持つ現場のひとたちによる勉強会の副読本にもコストパフォーマンスという面から推薦できる。
「資本論」を読む前に読む
 さて、超訳と書いてありますが、「資本論」の新訳ではありません。資本論を読むための道しるべ若しくは資本論を読む前にこれを読んで資本論読むと言った方が良いかもしれません。内容は資本論1巻を解説した物です。と言っても2,3巻にもある程度は触れていますが。商品とは、価値形態および貨幣とは剰余価値とは。と、近代経済学では絶対に出てこない言葉について詳しく説明してくれています。近代経済学しか学んでいない人が必ず陥る価値形態論についてもある程度の納得のいく説明がなされています。価値形態論を理解すればそれを根底とする貨幣が理解でき、剰余価値論、資本蓄積、再生産が理解されます。先ずは、何の先入観も持たずに本書を読まれることをお薦めします。「資本論」は資本主義経済の運動法則を解明する書物であり、社会主義、共産主義のバイブルではないことが理解できます。そして今般の格差社会について考えることを提供してくれます。


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ビジネスの将来の一片を示唆する
ビジネスの将来を示唆する非常に興味深い内容だった。 日本的環境の一般的では、We 2.0と従来型のビジネスは別の領域にすみ分けているような状況かと思うが、本書で大いに触れられているGoogleによる各種サービスは著者がこちら側と呼んでいるこれまでのビジネス領域すら置き換えていく可能性を秘めており、その可能性は日々高まっている。おそらく、We 2.0的サービスがビジネス一般に浸透しない現時点での最大の理由はセキュリティと信頼性の確保だろうがこれらが確立するのも時間の問題だと考えられる。 本書は、そういった新しい技術に邁進しているシリコンバレーの姿が描かれている。 さらには、Googleが富の新たな分配モデルを指向しているように経済構造すら変革する可能性を秘めている。 こういった状況を本書は非常にわかりやすく解説している。 将来が本書の指し示す通りとは限らないが、一つの可能性として、ITと直接関係のない人も読んでおいて損はないだろう。 すぐれた啓蒙書だと思う。
世の中が変わる
久々に読んでいて、面白いと思った本でした。インターネットの世界で何か起こっているのか?特にグーグルの目指しているもののスケールの大きさがわかりました。ロングテール理論など、目からウロコといった感じで、新しい時代が到来するのかもしれないと予感させてくれる本でした。インターネットで、世界中の普通の人の叡智が結集されるかも知れない可能性に壮大な可能性を見出しました。コンピューターに関係ない人こそ、読んだ方が良い本だと思います。インターネットを普段使っていましたが、インターネットの世界がこれほど進んでいたとは、この本を読むまでは理解していませんでした。世界観の変わる良い本だと思います。
ウェブのライトユーザーが読みました
かくゆう私もネット世界の入り口でしか生きていない人間である。 幸運なことに、ウェブという言葉が世に出てきた時には それを学習できないほど幼すぎず それを敬遠するほど老いてもいなかった。 文字通りリアルタイムでウェブに触れてきたわけだが 就職してウェブよりはリアルな世界で生活するうちに疎遠になった。 知らぬ間に進化したウェブの世界を本書によって知り ただ広く、極大の可能性を秘めていることだけは実感できた。 こうして無名の個人が 呼吸しているようにレビューを書いていることが 実はすごいことだったりもするらしい。 うまくいえないけれどとにかくすごいらしい。
批判精神を欠いた大人
 テクノロジーには、原理的に「後退」がない。今ある新技術も、やがては「過去の技術の堆積」の1つとなっていくだろう。この場合、新技術の意義を認め、そこから旧来の技術や、それに支えられた諸々の構造を批判的に見ることは、わざわざ本に書くことでもない。新技術そのものや、新技術により喚起された事象に対してこそ、むしろ批判的である姿勢が大切である。  旧来型の○○電機や○○自動車のエスタブリッシュメント層とやらが、技術のもたらす新しい思想や新しい社会形態に懐疑的であるとするならば、それはごく普通の大人のもつ、合理的な慎重さである。シリコンバレー仕込みのオプティミズムといえば聞こえはいいが、この著者は単に批判精神を鍛えることを怠ってきたか、新事象に対するポジショニングを勘違いしている人間だろう。年齢やキャリアが、必ずしも人間を成長させていくとは限らない典型例でもある。このような批判精神を欠いた大人が、経営コンサルタントとして意見を述べたり、ブログを書いたり、書物を著したりするのだから、恐ろしい話である。  1970年代以降の若者を代表して言わせてもらうならば、これ以上、中学生が手にするかもしれない新書などの書物を出さないでもらいたい。せめて原理的にものを考える力を鍛えてから、そして社会のなかで声を出すことがどういうことなのかを吟味してから−まだ意欲があるのなら−もう1度挑戦してほしい。
「あちら側」の世界のガイドブック
「あちら側」(バーチャル)と「こちら側」(リアル) この表現には圧巻です。 この本を読むのは3回目、出版されてから2年たった今でも斬新な内容である。 それだけ著者のメッセージが本質をとらえているのであろう。 次の10年への三大潮流 ・インターネット ・チープ革命 ・オープンソース ネット世界の三大法則 ・神の視点からの世界理解 ・ネット上に作った分身が金を稼ぐ新しい経済圏 ・ほぼ無限大×ほぼゼロ=Something、消失したはずの価値の集積 ‥をキーワードに、あちら側、we 2.0の世界を案内してくれる良書でした。


おすすめ度

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くちコミ情報
麦酒の苦味に似た味
 中国や日本の古典は 経営者にもよく引用される。  「孫子」「五輪書」「論語」「日暮硯」等 いくらでも例は挙げられる。西洋の古典は 余りビジネス雑誌に出てくる事も無い。その中で 本書は健闘している。  マキャべりというと 元来悪いイメージが付きまとってきたのも日本である。性悪説に基づいた冷徹な「嘘つき」というようなイメージかと思う。僕もご多分に漏れず そんな先入観で一読した。  とんでもない。マキャべりは「人間とはどういう動物か」を語っているに過ぎない。  彼には「人間の善悪」というものは無い。善い悪いは抜きにして ただ 「人間とはそういうものだ」という彼なりの冷静な分析を披露しているに過ぎない。その意味では科学者が実験の結果を報告しているだけと同じだ。但し そこに分析されている人間の姿が 我々にとって 時には辛辣であることが 科学者マキャべり自身の評判を悪くしている。マキャベリにしたら迷惑な話だ。 「いかなる手段も 結果さえよければ必ず正当化される」 「人は恐れている人より 愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける」    こんな言葉は否定出来ない。吉田兼好が読んだら大声で笑って 徒然草に引用したに違い無い。  「辛いのは中傷でなく真実である」とは 誰の言葉だったか忘れた。 マキャべりへの毀誉褒貶の原因は 彼の本に含まれている 苦い真実である。「苦味」が美味しいのは麦酒だけではない。
政治学・帝王学のために必読。
マキャベリの世界的名著ですが、その内容が実にわかりやすい上に、大きな文字で書かれているために、かなり頭にすっきり入ってきました。 政治学・帝王学を学ぶ人なら必読でしょうし、多くの部下を用いて一つのプロジェクトをすすませないといけない人なんかにも、学ぶところがある作品だと思います。。 文句なしで星五つ。
君主論
目的のためには手段を選ばない、目的は手段を正当化するといった意味の「マキャヴェリズム」、権謀術数に長けた人を指す「マキャヴェリスト」の語源となった、著者ニッコロ・マキャヴェリ(本書ではマキアヴェッリ)が、当時、彼が住んでいたフィレンツェの統治者に献呈した、上に立つ者の在り方、国の保ち方、民の治め方などを書いた、政治学の古典として名高い名著。 「マキャヴェリスト」という言葉のせいか、著者にはあまり良いイメージを抱いていなかったのですが、本書を読んでそれが少し変わってきました。民を治める者は時と場合によっては悪人になるべきとか、新しい領土を得てそこを長く保つためには、前統治者の血縁を皆殺しにすればよいなど、確かに厳しいことも書いてあります。が、これらは過去の例をいくつも挙げていることからもわかるように、マキアヴェッリが初めて提唱したものではなく、大昔から何度も何度も繰り返し行われてきたことをマキアヴェッリがまとめたに過ぎないものです。美辞麗句を並べるよりも、たとえ冷酷と思われようとやらなければならないことはやるべきだという徹底した現実主義者マキアヴェッリの姿が見えてくるような気がします。 あまり良くない意味でマキャヴェリストという言葉が使われだしたのは、おそらく本書に書かれているモーゼのことが気に入らなかった教会のせいではないでしょうか?(マキアヴェッリの著作は本書しか読んでいないので憶測です。他の著書にその原因があるのかもしれません) 本書、講談社学術文庫版は、本文に入る前に前書きとして、『君主論』が書かれた当時のイタリアの政治情勢やフィレンツェの状況が簡単に説明されているので、マキアヴェッリが、なぜ、誰に対して、どのような思いで書き上げたのか、『君主論』を読み理解するのに多いに役立ちます。欲を言えば、もっともっと詳しい説明解説をつけてほしかったです。
現代でも十分に生きる政治観
他の勢力と結託して保護されている団体は、危うい。もし団体を守りたいなら、団体それ自体に由来する力を増強するしかない。 雇われて味方をしてくれている“傭兵隊”は、都合が悪くなれば雲散霧消するか、裏切って敵対勢力にさえなりかねない。 団体の持つ潜在的影響力が強大であればあるほど、他の勢力はその力を恐れ、弱体化させようと企むことはあるにせよ、一時的に味方をしたからといって“恩”を感じることなどない。 「自らが自らとして強くなれ」。マキアヴェッリは他人に頼ろうとする甘さ、他人に恩を売っていると勘違いする愚かさ、自らの力を不用意に誇示する危険性を鋭く指摘している。
分かりやすい
難解と言われている君主論がスッと頭の中に入ってきました。佐々木先生の翻訳が良いのでしょうか。字も大きいですので、お勧めの版です。