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   東洋史 の売れ筋最新ランキング   [2008年05月17日 11時24分]
2008年05月17日(土) 東洋史の第1位は 『オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)』!
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¥ 1,631(税込)
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「オリエンタリズム」とは西洋が専制的な意識によって生み出した東洋理解を意味する。本書(邦題『オリエンタリズム』)はその概念の誕生から伝達までの過程をあますところなく考察した1冊だ。サイードは、東洋(特にイスラム社会)を専門とする西洋の学者、作家、教育機関などの例を挙げ、彼らの考えが帝国主義時代における植民地支配の論理(「我々はオリエントを知っている。それは西洋とはまったく違った、なぞめいた不変の世界だ」)から脱却しきっていないと厳しく批判している。

くちコミ情報
イデオロギーのデタラメさを示す好著
 「非文化的・強欲・性欲過多・狂信・・・etc.」という中東人のイメージが、いかにいい加減な近代欧米人の記述により生まれ、図書館とアカデミズムという制度の発達を背景にした「引用」の網目の中で強固なイメージになっていったかを示す快著。パレスチナ生まれの著者が米国社会で経験し続け我慢できなかったと思われる「オリエンタリズム」への怨念が膨大な引用に結びついているのだが、「テクストと知の蓄積」がいかにオリエンタリズムという錯覚を生んだかという論証のためにも、これだけの引用量が方法論上必要だったのだろう。  なお、著者がどこまで意識的していたかはともかく、オリエンタリズムの成立は(、当初は「文献学」と呼ばれたと思うが)「人文学」の成立と並行しており、この本は奇しくも「人文学」のイデオロギー性にも暗に気づかせてくれる。    この点で、「人文学者」と自らを呼ぶ著者が本著の中で文学研究の重要性を強調さえしているにも関わらず、この本はその立脚点である「人文学」の脱構築としても結果的に機能してしまっている点が面白い。そして、このことは(冒頭でフーコーに言及している)著者が良質のフーコー読者だったことを示している。
壮大な体系のいかがわしさ
参照と引用、それに基づいた観察と記録、さらにその参照といった繰り返しの中で強化され権威づけられていく定説。それに政治、経済的利害と小説などの文化とが絡み合いながら、オリエンタリズムという壮大な虚構が育まれていく様子を、執拗なまでに探り、暴いていく。 しかしこの本の価値は、そうした“オリエンタリズム”だけに限定されるものではありません。学問と文化、政治との絡み合い。それぞれは単独に存在するのではなく、互いに影響し合い、利害関係を持っています。政治的状況から文化は大きな影響と制約を受けます。それは逆についても言えることです。 学問、文化、報道、そして政治的、経済的利害・・・学会の権威や定説を守るための、異論を排斥しようとする力学。それらの土台の上に、参照と引用、観察、そして強化され築かれる定説。支配的な価値観、パラダイムはそれ自体が現実と見なされ、信仰している自覚すらなく、独断的教義として多くの人々の間に浸透し、放っておいても人々はそれを守ろうとする。かくしてそれは人々の間で絶大な力を持つ。そうした力学の存在。私はこの本を読み、そのいかがわしさと複雑さに頭が重くなりました。 学問、文化、報道、いかなる分野にせよ、根本的にものを考えようと思うなら、この厳しく困難な仕組みから目を逸らすことは出来ないでしょう。
二重の共犯関係によるオリエンタリズムの亢進
近代に入り、歴史学・文献学等の知の分野で、オリエント(東洋)に関するテクストが集積された。オリエントについての膨大なテクストの集積がオリエンタリズムだ。オリエントに関する膨大なテクスト達は、西洋にとっての他者であるオリエントの表象を、西洋人たちにもたらした。その表象は、西洋人たちが「オリエント」と指し示す人々の表象だが、重要なのはこれらの人々の多様性・個性が切り捨てられた表象ということだ。独り歩きする表象は、やがて“真理”となり、「オリエント」と呼ばれる人たちがそこに取り込まれていくだろう。 サイードは、膨大なテクストをもとに、西洋=オリエンタリズムがいかに異文化=オリエントを表象してきたか分析し「オリエント」は西洋がかってに作り上げた都合よい他者イメージであることを指摘する。そしてサイードは、西洋とオリエントとの間に、権力・支配関係を見出す。 ここに彼は、フーコーの提起した知と権力の相互作用を見る。オリエンタリズムという知の体系が帝国主義権力によるオリエントの植民地化を促進させ、同時に権力に促されたオリエンタリズムが権威を持っていく。第一の共犯関係。 さらにサイードの議論で重要なポイントは、当のオリエントがオリエンタリズムにとって他者であるという点だ。つまり、皮肉にもオリエント自らが、オリエントのイメージを代表=表象する( ep esent)資格も能力もないので、西洋にイメージを作ってもらわなければならない状態だ。「オリエントは西洋にとっての局外者(アウトサイダー)であるとともに、西洋に合体させられた弱いパートナーでもあった」((下)、p.26)。オリエントの人々はオリエンタリズムのイメージに沿った「オリエント」へと訓練されていき、オリエンタリズムに寄与するのだ。第二の共犯関係。 このようにオリエンタリズムは二重の共犯関係のもと、文化的優勢を勝ちえた。
『非オリエンタリズム』を実践した生き方
エドワード・サイード氏。彼は、パレスチナで生まれアメリカやヨーロッパで育ったが、サイード氏自身定まった土地に住むという習慣を持たなかった。 どこにも定住せず、欧米と中東を往来するのが、彼の潔しとした生き方であった。 また、その時に歯ブラシだけを携帯するのがいかにも、サイード氏らしい。彼の説いた『オリエンタリズム』は、西洋文明が東洋文明を発達途上で、劣化した文明だと捉える偏った見方であるとして、批判している。 彼の『オリエンタリズム』は、東洋文明と西洋文明の二面性を持つ境遇にあった彼だからこそ、マジョリティーの西洋優越主義に陥る事がなく、中立の立場で生まれたのだと思う。
異文化を学ぶ人が読むべき本
著者は、元来美術上の用語である「オリエンタリズム」という言葉を「オリエントに対するヨーロッパの思考の様式」と定義し、さらにそれが「オリエントに対するヨーロッパの支配の様式」でもあることを証明しようとする。18世紀以降のイギリス・フランス・アメリカで出版された、オリエント地域に関する驚くほど多種多様な文献を引用し、そのなかで一貫している思考様式を明らかにする一方、そのような思考様式・言説が権力と結びついて支配の様式になっていく過程を批判的に分析する。 本書を読んでもっとも感じたことは、イスラエルとの紛争で弱い立場に立たされているパレスチナ出身の著者として、欧米人が抱きがちな中東地域に対する偏見・先入観に対抗しようとする強い思いだ。かつての欧米人がオリエントに対して抱いた、偏見にみちた「オリエンタリズム」的思考様式が、植民地主義の終わった現在も再生産され続けているということを、著者は強く感じているのだろう。 さらに感じたことは、明治以降、欧米を手本にして近代化を果たした日本人は、無意識のうちに欧米流のオリエンタリズムを共有していないだろうかということだ。日本企業の駐在員がアジア諸国で抱きがちな「この国は遅れている」という類の漠然とした優越感は、単なる欧米コンプレックスの裏返しや自文化中心主義ではなく、日本企業によるアジア諸国の現地企業に対する垂直的統合を推進しようとする、経済的支配の意志を秘めた「日本型オリエンタリズム」なのかもしれない。「我々は異文化をいかにして表象することができるのか?」という著者の問いかけは、日本人に対しても深く突きつけられているように感じた。


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「知識人とは何か」を二重の意味で問う本
 オリエンタリズムの再生産装置となったアカデミズムがいかに政治的に機能しているか、そして米国の大学機関とメディアが「中東生まれのオリエンタリスト」をいかに再生産しているかを告発している本著は、現在の世界情勢を鑑みると発刊当初(30年前!)よりもむしろリアリティが増してきているように思う。  この上下巻を通読すると、メディアや情報の影響を受けずに他者を知ることがどれ程難しいかを通感させられる。インターネットで膨大な情報にアクセスできるようになった現在、社会的先入観の陥穽に落ちる危険性を我々の生活はむしろ高めており、そう簡単に新たなビジョンを見つけることは誰にだって難しいだろう。  この手の人文書に対するありがちな批判が訳者あとがきにもあり、要は「オリエンタリズムに代わるビジョンがない」という批判なのだが、そんなものまでサイード1人に期待するのは酷であって、それは読者1人1人が「自分の場所」で考えなくてはならない問題だろう。サイード自身はパレスチナ国民議会議員も勤めながら積極的にベタな政治活動を行った人物であり、むしろ彼の生き方の中では、行動することで次のビジョンを模索しつつバランスを取っていたんだと思う。読んで文句だけ言ってる奴が一番卑怯なんじゃないか。(「知識人とは何か」はそういう問題意識で書いたんだろうね。)  あと、オーウェル好きの僕にとっては少し納得のいかない妙な引用があった。他にも引用の精度は当時問題になったようだ。「知識人」なのにツメが甘いというのもご愛嬌というかアメリカっぽいというか(笑)。
知的訓練にはもってこいです。
主要な読み方としては上巻のレヴューで出尽くしていますね。この本をどのように読むかは人それぞれでしょう。読み方次第でいくらでも価値が引き出せる、宝の山のような本。時期をおいて何度も読み返す度に新たな発見がある、そんな本です。プロパガンダの海底に暮らす現代人にとって、知的訓練に適した本。
日本の役割
 「オリエンタリズム」という語には表面的意味合い―東洋学、東方趣味―とは一線を画す、潜在的観念―西洋の東洋に対する支配の様式―が込められている。本書は、私たちが漠然と使用している言説について(善い意味で)釘を打ってくれる一著である。本著書についてのレヴューは枚挙に暇がないので、私は少し違った観点から考えたいと思う。  訳者の今沢氏は「あとがき」で、日本の特異なオリエンタリズム構造を次のように指摘している。日本は西洋から観て地理的・文化的に客体=観られる側である。それにも関わらず、日本は19世紀末葉以降、欧米列強を模範とし、西洋側の視点―オリエンタリズムの主体=観る側―へと変容した。確かにその点では、本書は日本に対しても警鐘を鳴らす肝要な著作である、といって差し支えないだろう。しかし、(著者が特別視しているイスラーム世界に関して言えば)日本こそが「オリエンタリズム」を打破できる、西洋に打って変われる存在なはずなのである。日本とイスラームは地理的・歴史的にこれまで疎遠であったが、それこそがパラドックスとして、「オリエンタリズム」がこれまで表象してきたものとは違ったアプローチからイスラーム世界を概観し得る要素なのである。  そして、故サイード氏は末尾で次のように語る。「専門分野の境界線をいっそう大きく踏み越え、クロス・ディシプリナリー(学際的・横断的)な」視点を持て、と。この言辞は学者(学生)のみならず、現代に生きる一般の我々にも問うている重要な一句なはずだ。  「オリエンタリズム」という概念以上に、様々な事柄を教授してくれる。決して容易な著書ではないが、是非ともお薦めしたい。
またひとり…。
先日(二十四日)、E.サイードが亡くなった。 享年六十七才、死因は白血病だったという。 p 本書は「オリエンタリズム」という言葉に含まれた、 多分に西洋的なものへの批判文だ。 その思想史上の偉大さは、今さら私が語るまでもあるまい。 我々からして既にこの本を西洋的な目で見ている――。 そのことに気付いた時、必ずや得るものが有るだろう。 p 言い方は悪くなってしまうが、これを機会に一読をお勧めする。 p それにしても惜しいひとを亡くしたものだ…。
オリエントという他者
 オリエントは東方の他者として存在するのではなく、オクシデント(西洋)の中にこそ存在する。オリエントとは、支配者と従属者、この力関係の中でオリエンタルなものとされた、現実と完全に符合することの無い他者イメージであった。本書ではいわゆる西洋と東洋の認識の中で書かれているが、様々なシーンに適用可能な、例えば日韓関係を考える上でも重要となる感覚がちりばめられている。我々の認識する他者とは、我々自身に内在する他者であり、決して現実の他者そのものではない。歴史、政治、思想、哲学、地域研究、あらゆる分野に携わる上で、必読の書であろう。


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この本は文庫版で出会って以来の人生の愛読書です。 この本はガンジーがインド独立運動家達向け新聞に連載として書かれたコラム(?)を翻訳編集したものですがガンジーのメッセージは当時のインド国民ばかりではなく現代に生きる私たちの心を射抜く力をもっているようです。 テロと戦争に暗澹とした今だからこそガンジーの言葉は必要なのかもしれません。 気になった抜粋をひとつだけ・・・。 ----------- 私が他の宗教に対して寛容である事を覚えたのは、何も私が生ける神の実在を信じたからではなかった。しかしあるひとつの事--徳は一切の土台である。そして、真実はすべての徳の実体をなすという信念--は、私の心の中に深く根を下ろした。真実は私のただ一つの目標となった。それは日毎に荘厳さを加え始めた。そしてそれに関する定義もいよいよ広げられた。p53より


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日本人を嫌悪していた朝鮮
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 どうも政治的というか日本統治前後の朝鮮についてのネタ本的な扱いを受けている 本書ですが、そのような扱いは不当というべきでしょう。  著者は執筆時60を過ぎたおばあちゃんとも言える方ですが、その好奇心、理性、 分析力、鉄の意志を兼ね備えた姿は、我々一般の読者を圧倒する迫力を持っています。  著者の価値観は、キリスト教的、帝国主義的な点で若干の違和感はあるものの、 ほぼ現代日本の人間と一致します。これに加えて、非常に細部にまでいたる観察眼に よって、当時の朝鮮の状況を生き生きと思い浮かべることができるという点で、 本書の価値は極めて高いといえるでしょう。  さらに加えて、一般の歴史書では知りようも無い、朝鮮の民衆の日常生活、信仰、 さらには朝鮮王宮内の様子を、必要な場合はデータも示して描写しています。  これらの光景は同時代人にとっては、取るに足りない情報として切り捨てられて しまうために、残念ながら後世に残らないものが多いのですが、著者によって忘却を 免れたことは、(「日本奥地紀行」などともあわせて)後世に生きる我々は素直に 喜ぶべきことでしょう。  この本を見て何を考えるかは、読者それぞれの自由だと思いますが、私個人としては 歴史というのは、非難の武器としてではなく、自戒の為に学ぶものだと考えています。 両班や朝鮮政府、ロシアの朝鮮族の描写は、その点で考えさせられるものがありました。  ともあれ、一級の知的擬似体験のできる書籍です。買って損はありません。
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王者は人を制するに道を以てす
“夫れ主将の法は、努めて英雄の心を攬り(とり)、有効を賞録し、志を衆に通ず”かの北条早雲が、講学者より『三略』進講の際、果たして兵法の極意を知るに至ったといわれるのが、本著最初頭にある本一節である。『三略』は其の名の通り三部よりなる:「上略」「中略」、そして「下略」がそれである。うち「上略」は、立派な人物を招くには手厚い礼遇と恩賞が必要であること、多数ある家臣より奸臣を見抜きこれを迅速に排除すること、部下の賞罰の際には極力厳正確実でなければならぬこと、「中略」では、王者や覇者の得行、ならびに大事成就のためには臨機応変の戦略が重要であること、して最後の「下略」では、天下泰平の為には道徳・道義これが必須不可欠であり、自身をも含め現況をいかに厳格に見定め、かつ賢者をして統治にあたる事の重要性、が詳しく敷衍、力説されている(本著七十三頁よりママ或は改変)。『孫子』が実心備えた軍学書とすれば、『三略』は王者たる“道”に力点をおいた人心掌握の兵学書といえ、その真偽は問わずとも、本著が“武経七書”の一書とされてきたのは当然のことであろう。小生が最も好む言句は「下略」にある以下の一節に見える(本著八十八頁の四)。“道・徳・仁・義・礼、五つのものは一体なり。道は人の踏む所なり。徳は人の得る所なり。仁は人の親しむ所なり。義は人の宜しき所なり。礼は人の体する所なり。一も無かるべからず”すなわち、“人の上に立つ者は、何よりも道・徳・仁・義・礼の五つの徳目を身につけて、自分を正すことが大切なのである”。これは言うべくもなし、昨今問わず国家論、及び組織論の真髄かつ原理である。為政者あるいは長たる者が、これをして統御すれば、自ずと堅固・強壮となり、治安よく、かつ道義相照らすものとなりえよう。人率の者は、『孫子』と共に、『三略』を座右の書となし、衆生は本著をして現代の“王者”に仕えてほしいものである。
中国古代兵法、武経七書の一つ
この書は漢の高祖劉邦の軍師であった張良が、若かりし頃に黄石公という仙人から六韜と共に授けられたといわれ、その両著の著者は太公望といわれております。もっともこの逸話は伝説であり、また後世の兵法家が太公望の名前を借りただけというのが実情のようです。 p しかし内容に目を転じますと、千年以上の時を経てもそれほど変わることの無い普遍的な道理が記されており、現代においても充分応用可能な部分もあるかと思います。 p 他の兵法書と比べてみますと、孫子は主に将軍の視点から、この三略は君主或いは宰相からの視点から書かれています。したがって人材運用や人心獲得、信賞必罰や率先垂範などについても書かれており、軍事学というよりは政治学に近いかも知れません。 p 小説家の方が書いているので現代語訳も読みやすいです。


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現代のチベット旅行にも必需品か。
この本は、河口慧海(1866~1945)が、32歳の時インドからチベットへ入国し、帰還するまでの冒険旅行記。 インドへ行ってからも、ダージリンでチベット語の勉強をしたりと、インドからチベットのラサに入るまで3年かかっている。 新聞に口述筆記で「西蔵探検記」を連載、それをまとめた「西蔵旅行記」が1904年に出版。 p 「西域探検紀行全集」の一冊として、1967年に出版されたものを、今回文庫本とした。 p 話のネタになりそうなところとしては…。 p チベット人は身体を洗わないので、ものすごく不潔で、食物を食べた食器は拭くだけ。 トイレに行っても、ウンコをしてもお尻を拭きも洗いもせず、そのままにしている。 チベット人は金に汚く、人をすぐ裏切る。 p チベットの学者は、ほとんど学問を知らない。 カムの人は、人殺し、強盗が普通の生活だ。 チベット人は一妻多夫で、妻の力がとても強い。 p みたいなことかな。 この時代、チベットは外国人の入国を禁止していたので、慧海はとんでもない遠回りをして、人の通らない道を通り、カイラス山をまわってラサへの道を辿る。 p その途中では、雪の中で座禅を組んで一晩明かしたとか、普通ではとても考えられないようなことが書いてある。 発表当時はずいぶん内容に疑問がもたれたらしい。 ただ、登山関係者などによると、その記述は正確だとか。 ところで、河口慧海が学んだ、ラサのセラ寺には、僕も一人で行って、そこでバターを灯明に加えて祈ってきたんだよなー。 p 最初の予定ではセラ寺に行くつもりがなかったのに、ある事件が起きて突然行くことになったのは、神の導きなんだろうね。 読みやすい形で「チベット旅行記」が出版されたので、これからチベット旅行に出る旅行者の必読書となるのではないかな。 というのは、昔のシガツェやラサのお寺の状況なんかが描いてあるからね。



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