2008年05月12日(月) 歴史・地理の第1位は
『ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)』!
|
|
13,238ページ中 1ページ目を表示しています
(1~10件)
|
あとで携帯で見る
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
リチャード P. ファインマン(著)
Richard P. Feynman(原著)
大貫 昌子(翻訳)
¥ 1,155(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:114位
カスタマーレビュー数:41
【Amazon.co.jp】
R.P.ファインマンは1965年にJ.S.シュウィンガー、朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を授賞した天才的な物理学者である。こう書くと「理数系が苦手」な人は逃げ出したくなるかもしれないが、そんな人にこそ本書を手にとっていただきたい。 本書は20世紀を代表する天才物理学者の自伝ではない。R.P.ファインマンという人生を楽しむ天才から我々への贈りものである。 「ファインマンと聞いたとたんに思い出してもらいたいのは、ノーベル賞をもらったことでもなければ、理論物理学者であったことでもなく、ボンゴドラムでもマンハッタン計画でもない。僕が好奇心でいっぱいの人間であったということ、それだけだ」といつも言っていた(下巻訳者あとがきより)。 「なぜだろう?」といつも好奇心いっぱいの子どものように世界を見て、いったん好奇心をひかれたらそれに夢中になり納得のいくまで追求する。彼は一切の虚飾と権威を嫌い、相手がそれをかさに着ているとみるや容赦しなかった。それは、そのような態度が、楽しいはずの真実の探求を邪魔する厄介なものだったからである。 上巻では、彼の少年時代、物理学者としての修行時代、また駆け出しの物理学者として携わったマンハッタン計画から終戦を迎えるころまでのエピソードが収録されている。どの時代においても彼はその状況を最大限楽しみ、そして、決して流儀を変えなかった。 自分が理系か文系かなんて関係ない。もし少しでも本書に「好奇心」を持ったなら、ぜひ一読をおすすめする。(別役 匝)
【くちコミ情報】
大人の子供
いたずらづき、思ったことはなんでも口にする、好きなことはとことんやり続けると3点セットで揃っており、子供がそのまま大人になったような人です。ノーベル賞を取ったということで堅物を想像していましたが、いい意味で裏切られました。そして、こんな大人になりたいと感じさせられました。 うちの子供が大きくなったら、この本を紹介しようと思います。そして、自分のやりたい事をやり続けて欲しいと思います。やりたくないことをやるより、いい人生を送れますからね。
先生
若い頃に読んで、今の自分の価値観を形作る上で一番影響を受けた本です。 基本的にはFeynman先生の様々なエピソードを楽しむための本ですが、そういったエピソードを通して彼の価値観・考え方にも触れることができます。 楽しいのでぜひ一度読んでみて下さい。
好奇心と丁寧な考察に主体的な行動、それがファインマン
ノーベル物理学賞授賞、ロスアラモスで原子爆弾製造のプロジェクトに参加したファインマンの自伝。実験好きだった子供のころからロスアラモスでの経験、そしてコーネル大学教授として踏み出すまでが記されている。上巻だけで340ページの内容も、中学生以上であれば誰でも読める平易な文章であるために、まる1日(ゆっくり読んでも数日)あれば読破可能な分量。 『どんなに難しい内容も中高生に理解させることができなければ、本当に理解しているとはいえない』というファインマンの言葉にあるように、本書は万人が理解できる丁寧な文章で記述されている。全編から感じることは、天才と呼ばれた著者自身の姿勢からは、特別な能力ではなく、日常の全てのことに疑問を持つ好奇心とそれに対応した丁寧な考察、そしてそれに基づく主体的な行動によって道が拓かれていることが感じられる。ファインマンが天才なのではなく、世間があまりにも知恵を活用していないことに改めて気づかされる作品となっている。同時に、ずるい性格にユーモアとウィットを併せ持ち、話を楽しく伝えることに勢力を注いでいることによって本書は読み始めたらやめられない面白さを持つ。同氏が決して特殊な知能を持っていたわけではないことは、妻の死亡時間と時計が止まった時間が全く同一であったことを超自然的な現象と考えていることからもうかがえる。これは妻が死亡したときに死亡時間を確認しようとした医師がそこにあった時計の時間を参照したために、そうなっただけで、実際にはその時計は同時ではなく少し前(もしかしたら12時間ほど前)にすでに止まっていただけの可能性が強い。このようなきわめて人間的な一面を覗かせる記述がたくさんあることも、正直で背伸びをしない同氏の性格を表している。 10年以上前に読んだ本書を再度購入して読んでみても、面白さは全く色あせていないことが確認された。万人が読むべき書だと思う。自伝は主観的な部分やツッコミたくなる脚色が多いことがしばしばあるため、高い評価にはなりづらいことを考えても、星5つ以外の評価はない。
この本を若い時に読みたかった!
ノーベル賞に直接関係することは全く書いてないが、実にユニークで、率直で、愉快な人生だ。原爆開発に関わったからと言ってこの人を責められない。様々な話の中で、学者や研究者が現役でいたければ、教職の場を離れるべきではない、人にものを教える立場は脳を活性化するという意見は特に傾聴に値する。俗塵を離れた静かな環境に置かれた時には偉大な頭脳が刺激のないままに朽ち果てるという話は衝撃的だ。精巧な錠前を開けるコツは根気と集中力というのも説得力がある。 好きこそ物の上手なれというが、それに集中し、イヤなことはやらずに済ませるように彼は彼なりに工夫している。人生の師とするに値する。遅まきながらこの本に会ってよかった。
ただ自分で楽しむために遊ぶだけ
ノーベル物理学賞受賞者ファインマンによる自叙伝である。常識にとらわれず何事にも自由な発想で人生そのものを謳歌した前半生が描かれている。 「僕という人間は『教える』ということを離れては、どうも生きてゆけそうにない。教えてさえいえば、万が一僕のアイデアが干上がって、ゆきづまってしまっても、『少なくとも僕は生きている。少なくとも何かをやっているんだ。少しでも役に立つことをやっているんだ。』と自分で自分に言ってきかせることができる。これは心の支えみたいなものだ。」 「僕はここに至って新しい悟りみたいなものを開いた。僕はもう燃え尽きたローソクみたいなものだから、もう決してたいした成果もあげられないだろう。僕はこの大学で楽しみながら授業をする結構な地位にある。これからはそれこそ娯楽のために、『アラビアンナイト』を読む調子で気の向いたときにその価値なんぞぜんぜん考えずに、ただ物理で遊ぶことにしよう。」ちなみに、著者がノーベル賞をもらう発見をしたのはこのあとのことである。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| 中国はいかにチベットを侵略したか
マイケル ダナム(著)
Mikel Dunham(原著)
山際 素男(翻訳)
¥ 1,890(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:363位
カスタマーレビュー数:18
【くちコミ情報】
私たちが同じ目に遭う日が近づいているのか?
ニコニコしながら近づいて来るのその背中には武器が 隠されている…。実際に大陸の人からビジネスを持ち かけられる時、そう思うことが多い。向こうが一方的 に条件をならべて、こちらが無理だと伝えるや否や、 語気を荒げて唾を飛ばす。実に不快だ。そもそも私の 中に偏見があることが一因だろうか、と自省してみた りもしたが、この本を読んでそうではないことが解っ た。 私のそれは偏見ではなく、自己防衛本能だったのだ! 先頃、微笑みを浮かべながら私達の国を訪れた誰かさ んは、1990年前後チベットで圧政を敷いた人であ る。微笑みの後、何が始まるのか? この先の日中関 係を考えると身震いしてしまう。チベット問題を理解 するのみならず、彼らの渉外パターンを知る上でも、 多くの方に読んでいただきたいと思う。 単純だが数で押し切る。深慮がないゆえにやること残 酷。中国のやり口に、読めば読むほど怒りと恐怖がこ みあげてくる。
解放は微笑で始まった
「チベット解放」というのは、朝鮮戦争等と同様、軍事進行ありきと思っていたが、そう単純 ではないようだ。以下に著者の描写をまとめます。 1949年 毛沢東は中華人民共和国の成立を宣言。同年、チベットを帝国主義者から開放す ると発表。(著者によるとチベットにいた観光客以外の白人は8人) 1950年 中共軍はチベット内の東端地域に自動車道路を建設。 略奪などはせずに非常に礼儀正しく、収穫を手伝った。僧院にも寄付した。 いわゆる微笑外交(商人、農民、僧侶は喜んだ) 同年 6月 チベット軍の無線装置をめぐり紛争が起きる。中共軍は反撃せず。 (同月朝鮮戦争開始) チベットの東地区全体に中共軍進入。地域に医療サービスを実施。 同年10月 首都ラサににいたる交通の要所に攻撃開始。 チベット軍は投降し武装解除するも、武器を返却され、武装した姿を写真に とられた。その後再度武器は取り上げられた。この写真は中共軍とチベット軍の 友好的シーンとして宣伝され国際社会は安心した。 11月 チベットは国連に緊急文書を送るも無視された。 1951年 中共チベット会議で17条協定書が提出されチベット側は代表権なかったが 中共側はチベットの判を作成し、チベット側はやむなく署名した。 (内容はチベットは自国から帝国主義勢力を駆逐し中共へ「復帰」する等) 協定は3日後にラジオ北京により海外に宣伝された。 =>解放はこれでほぼ実現、以降国際社会での情宣、ダライ・ラマと同格の宗教指導者を 指名する等の政策が続行された。 解放は単なる軍事進行だけではない。現在、ダライ・ラマ14世と中共政府の話し合が行われ ているが、これとほぼ同様なことが1954年にも起きている。 これが真の意味での「話し合い」ではなく国際社会へのポーズでしかないことは、この本を 読めば一目瞭然だろう。皆様、ご賢察願いたい。
長野聖火リレーで実感した
本書を読んで非常に恐ろしさを感じた。日本人も真剣に考えなくてはいけないと思う。おりしも長野聖火リレーで多数の中国人が怒号とともにチベット支援の旗を持った日本人を脅かしている光景を見てしまいさらに脅威を感じた。是非平和的解決を望みます。
中国経済のヤバイ実態
チベット問題に興味のある片なら、中国経済が危うい事は既にご存知かと思います。 また、チベット侵略告知聖火リレーで中国の実態に気付き始めた方や、 黄砂、環境汚染、毒ギョーザ事件、聖火応援の紅巾族で中国とはなんぞや?と思われた方が多くいるのでは? そんな暴走中国の嘘で塗り固めた経済の実態を暴く、 本当にヤバイ!中国経済 三橋貴明 著 が出版されます。 マスコミが報じるかなり前から韓国経済のヤバさをあばき話題をさらった、ヤバ韓こと 本当はヤバイ!韓国経済 に続いて、いよいよ本丸、中国経済の正体に迫ります。 チベット、トルキスタンの将来にも大きく関わる中国経済。 ぜひ本書と併せ読み中国の今後に備えるべく、この場をお借りして紹介させて頂きます。
長野の聖火リレーで実感できた中国人の暴力性
この本には暴力的な中国人の実態が書かれているが、私は長野で聖火リレーを見た時にそれを実感できた。リレーを見物するために長野まで行ったが、大人数の中国人の大声と大きな旗で何も見えない。車に乗った中国人が猛スピードで奇声をあげて、大きな中国旗を振り回して我が物顔で道を走っていた。チベット支援グループもいたが、大勢の中国人に囲まれて、「あなたはいくらもらっているのか?3万円か?shame on you!shame on you!」と罵られていた。中国人の集団が組織的に人集めされていることは周知の事実だが、この発言を聞いて、中国人自身が金をもらって動いている可能性もあると思った。数の少ないチベット支援者を圧倒的な多数の中国人が取り囲んで暴言を吐いている様子をたくさん見た。中国人がチベットを侵略するほど暴力的、攻撃的であることを長野市内を歩いて実感した。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)
リチャード P. ファインマン(著)
Richard P. Feynman(原著)
大貫 昌子(翻訳)
¥ 1,155(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:426位
カスタマーレビュー数:41
【Amazon.co.jp】
本書の上巻では若く初々しかったファインマンの姿に触れることができるが、下巻では、成長したファインマンが1人の「物理学者として」物理のみならず社会や芸術とかかわってゆくさまに触れることができる。 どんなに権威者になっても(彼はそう呼ばれるのを何よりも嫌ったが)、彼は決して物理学者としての誠実さを変えることはなかった。サバティカルでブラジルの国立研究所に滞在した彼は「教科書を丸暗記するだけ」の物理の大学教育に業を煮やし、ブラジルの「お偉方」の大学教授たちの前で「この国では科学教育が行われていない」と言い放った。またあるときは、学校教科書の選定委員としてすべての教科書に目を通し、教科書の内容が科学的誠実さを欠いているのを真剣に怒り、他の委員たちと闘った。 彼の信条でもある「好奇心」は年齢を重ねてもとどまる所を知らず、カジノではプロの博打うちに弟子入りしたり、ボンゴドラムでバレエの国際コンクールの伴奏をしたり、また、幻覚に強い興味を持った彼は、旺盛な好奇心からアイソレーションタンク(J.C.リリーが発明した感覚遮断装置)にまで入ってしまう。彼は他人のことなど気にとめず、素直な心で物事を見つめ、興味をひかれたらそれに夢中になる。彼は何より人生を楽しみ、人生を愛していた。 そんな彼の書いた本書に触れていると、いろんなことを話したくってうずうずしている彼が、目を輝かせて楽しそうに自分に向かって話しかけてくれているような気分になる。そんな気分にさせるのは、大貫昌子による素晴らしい訳のおかげでもあろう。訳者はファインマンと親交があり、彼に相談しながら翻訳作業を行っているため、原文の持ち味が十分に表れている。(別役 匝)
【くちコミ情報】
大人の子供
いたずらづき、思ったことはなんでも口にする、好きなことはとことんやり続けると3点セットで揃っており、子供がそのまま大人になったような人です。ノーベル賞を取ったということで堅物を想像していましたが、いい意味で裏切られました。そして、こんな大人になりたいと感じさせられました。 うちの子供が大きくなったら、この本を紹介しようと思います。そして、自分のやりたい事をやり続けて欲しいと思います。やりたくないことをやるより、いい人生を送れますからね。
先生
若い頃に読んで、今の自分の価値観を形作る上で一番影響を受けた本です。 基本的にはFeynman先生の様々なエピソードを楽しむための本ですが、そういったエピソードを通して彼の価値観・考え方にも触れることができます。 楽しいのでぜひ一度読んでみて下さい。
好奇心と丁寧な考察に主体的な行動、それがファインマン
ノーベル物理学賞授賞、ロスアラモスで原子爆弾製造のプロジェクトに参加したファインマンの自伝。実験好きだった子供のころからロスアラモスでの経験、そしてコーネル大学教授として踏み出すまでが記されている。上巻だけで340ページの内容も、中学生以上であれば誰でも読める平易な文章であるために、まる1日(ゆっくり読んでも数日)あれば読破可能な分量。 『どんなに難しい内容も中高生に理解させることができなければ、本当に理解しているとはいえない』というファインマンの言葉にあるように、本書は万人が理解できる丁寧な文章で記述されている。全編から感じることは、天才と呼ばれた著者自身の姿勢からは、特別な能力ではなく、日常の全てのことに疑問を持つ好奇心とそれに対応した丁寧な考察、そしてそれに基づく主体的な行動によって道が拓かれていることが感じられる。ファインマンが天才なのではなく、世間があまりにも知恵を活用していないことに改めて気づかされる作品となっている。同時に、ずるい性格にユーモアとウィットを併せ持ち、話を楽しく伝えることに勢力を注いでいることによって本書は読み始めたらやめられない面白さを持つ。同氏が決して特殊な知能を持っていたわけではないことは、妻の死亡時間と時計が止まった時間が全く同一であったことを超自然的な現象と考えていることからもうかがえる。これは妻が死亡したときに死亡時間を確認しようとした医師がそこにあった時計の時間を参照したために、そうなっただけで、実際にはその時計は同時ではなく少し前(もしかしたら12時間ほど前)にすでに止まっていただけの可能性が強い。このようなきわめて人間的な一面を覗かせる記述がたくさんあることも、正直で背伸びをしない同氏の性格を表している。 10年以上前に読んだ本書を再度購入して読んでみても、面白さは全く色あせていないことが確認された。万人が読むべき書だと思う。自伝は主観的な部分やツッコミたくなる脚色が多いことがしばしばあるため、高い評価にはなりづらいことを考えても、星5つ以外の評価はない。
この本を若い時に読みたかった!
ノーベル賞に直接関係することは全く書いてないが、実にユニークで、率直で、愉快な人生だ。原爆開発に関わったからと言ってこの人を責められない。様々な話の中で、学者や研究者が現役でいたければ、教職の場を離れるべきではない、人にものを教える立場は脳を活性化するという意見は特に傾聴に値する。俗塵を離れた静かな環境に置かれた時には偉大な頭脳が刺激のないままに朽ち果てるという話は衝撃的だ。精巧な錠前を開けるコツは根気と集中力というのも説得力がある。 好きこそ物の上手なれというが、それに集中し、イヤなことはやらずに済ませるように彼は彼なりに工夫している。人生の師とするに値する。遅まきながらこの本に会ってよかった。
ただ自分で楽しむために遊ぶだけ
ノーベル物理学賞受賞者ファインマンによる自叙伝である。常識にとらわれず何事にも自由な発想で人生そのものを謳歌した前半生が描かれている。 「僕という人間は『教える』ということを離れては、どうも生きてゆけそうにない。教えてさえいえば、万が一僕のアイデアが干上がって、ゆきづまってしまっても、『少なくとも僕は生きている。少なくとも何かをやっているんだ。少しでも役に立つことをやっているんだ。』と自分で自分に言ってきかせることができる。これは心の支えみたいなものだ。」 「僕はここに至って新しい悟りみたいなものを開いた。僕はもう燃え尽きたローソクみたいなものだから、もう決してたいした成果もあげられないだろう。僕はこの大学で楽しみながら授業をする結構な地位にある。これからはそれこそ娯楽のために、『アラビアンナイト』を読む調子で気の向いたときにその価値なんぞぜんぜん考えずに、ただ物理で遊ぶことにしよう。」ちなみに、著者がノーベル賞をもらう発見をしたのはこのあとのことである。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| 夜と霧 新版
ヴィクトール・E・フランクル(著)
池田 香代子(翻訳)
¥ 1,575(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:424位
カスタマーレビュー数:53
【Amazon.co.jp】
名著の新訳には、つねに大きな期待と幾分かの不安がつきまとう。訳者や版元の重圧も察するにあまりあるが、その緊張感と真摯さのためか、多くの場合成功を収めているように思われる。本書もまた、その列に加わるものであろう。 ユダヤ人精神分析学者がみずからのナチス強制収容所体験をつづった本書は、わが国でも1956年の初版以来、すでに古典として読みつがれている。著者は悪名高いアウシュビッツとその支所に収容されるが、想像も及ばぬ苛酷な環境を生き抜き、ついに解放される。家族は収容所で命を落とし、たった1人残されての生還だったという。 このような経験は、残念ながらあの時代と地域ではけっして珍しいものではない。収容所の体験記も、大戦後には数多く発表されている。その中にあって、なぜ本書が半世紀以上を経て、なお生命を保っているのだろうか。今回はじめて手にした読者は、深い詠嘆とともにその理由を感得するはずである。 著者は学者らしい観察眼で、極限におかれた人々の心理状態を分析する。なぜ監督官たちは人間を虫けらのように扱って平気でいられるのか、被収容者たちはどうやって精神の平衡を保ち、または崩壊させてゆくのか。こうした問いを突きつめてゆくうち、著者の思索は人間存在そのものにまで及ぶ。というよりも、むしろ人間を解き明かすために収容所という舞台を借りているとさえ思えるほど、その洞察は深遠にして哲学的である。「生きることからなにを期待するかではなく、……生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題」というような忘れがたい一節が、新しくみずみずしい日本語となって、随所に光をおびている。本書の読後感は一手記のそれではなく、すぐれた文学や哲学書のものであろう。 今回の底本には、旧版に比べてさまざまな変更点や相違が見られるという。それには1人の哲学者と彼を取り巻く世界の変化が反映されている。一度、双方を読み比べてみることをすすめたい。それだけの価値ある書物である。 (大滝浩太郎)
【くちコミ情報】
実体験を基にいかに生きるべきか?という提案
心理学者である著者が実際に経験した、 ナチスの強制収容所での体験記を邦訳したもの。 本書はまず強制収容所での実体験から、 そこで見出した生きる姿勢を述べている。 極限の絶望を味わうような生活の最中に、 そこで最後に生きる力を与えてくれたのは 「未来に対して目標を持つこと」 「今の苦しみに意味を見出すこと」ということだったらしい。 究極的に追い詰められた著者の言葉だけに、 非常に説得力を感じる。 また、あと数日で死ぬという女性のエピソードでは 「運命に感謝しています。だって、わたしをこんなにひどい目にあわせてくれたんですもの」 「以前、何不自由なく暮らしていたとき、私はすっかり甘やかされて、精神がどうこうなんて、真面目に考えたことがありませんでした」 と、人は極限の状況でも生きることに意味を見出せた場合、どんなにつらくても耐えられるのだな、とひしひしに感じられた。 また、生きる希望をなくした人たちが力もなくし衰弱していった様子も克明に描かれており、 まさに「姿勢」がすべてを決めるのだなと感じた。 読み物としても、哲学書としてもお勧めできる一冊です。
今自分のおかれた環境で何ができるか
V.E.フランクルの「夜と霧」(池田香代子訳、みすず書房)を読んだ。 アウシュビッツ収容所に拘留されていた心理学者の本である。 前の翻訳版には、ガス室で虐殺された人たちの痛ましい写真があって、気弱な私は、どうしても読むことが出来なかった。 死と暴力が隣り合わせにあった人の言葉は心を打つ。 収容所の話はあまりに酷いので想像したくない。気持ちが悪くなってしまう。 以下引用; 「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、 生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。」pp129 「具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、 たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向き合い、 この苦しみに満ちた運命とともに、全世界にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代わりになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみをひきうけることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ」pp131 元気にご飯を食べられお風呂に入れる私は、ぶつぶつ文句をいっちゃあかんなと思う。 自分の人生に期待するのでなく、今のこの状況から自分が何をできるのかを考えると。 ちょっとだけ鬱っぽくなっている人にもお薦めしたい(がしかし、鬱病の人にはお薦めしません)。
旧版の方がいいのかも
たしかに内容は衝撃的ですが、すぐに読み終えてしまい物足りなく感じました。 他の方のレビューにあるように、旧版にはあった写真などが無くなっているのもかなりマイナスだと思う。 それにしても本当に恐ろしい話。
苦悩と死から導かれた、人間存在の真理
ウィーンで生まれ愛する妻と二人の子供との幸福を引き裂かれた、フロイトを師とする心理学者ヴィクトール・E・フランクルの強制収容所での心理学者的視点からの体験記。 人間存在の真理を垣間見、自分のこれまでの人生を振り返りました。第2次大戦で多くの人を失い、また殺した我々日本人は、本書を一読し個々人で何かを感じなければいけないと強く思いました。 以下、著者の言葉 ・その時、ある思いが私を貫いた。何人もの思想家がその生涯の果てに辿り着いた真実、何人もの詩人がうたいあげた真実が、生まれて初めて骨身にしみたのだ。愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだという真実 ・人はこの世にはもはや残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんの一時にせよ至福の境地に至れることを私は理解した ・私がこんなに愛したのは妻だけだ。夫婦でいたのは短い間だったが、その幸せは、今ここで味わわねばならなかったこと全てを補って余りある ・収容所にあっても完全な内なる自由を表明し、苦悩があってこそ可能な価値の実現へと飛躍できたのは、ほんの僅かな人々だけだったかもしれない。それがたった一人だったとしても、人間の内面は外的な運命よりも強靭なのだということを証明して余りある ・人間が生きることには、常にどんな状況でも意味がある、この存在することの無限の意味は苦しむことと死ぬことをも含むのだ (「たとえ苦しみばかりでも、そこに少しの希望が見えなくても、戦おう。生きるために、生きることをあきらめずに、最後まで力を振り絞って。その命、つきるまで」とは、父を癌で亡くしたヴァイオリニスト千住真理子さんの言葉) ・私たちはおそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。人間とは、人間とは何かを常に決定する存在だ。人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ
とても読みやすい
新訳で大変読みやすく、一気に読了してしまいました。 前半は主に体験談を、後半は心理学的知見を述べています。人生の意味を考える上で大変参考になる名著であると思いました。 参考になった言葉はたくさんありましたが、平易なものを一つ抜粋させていただきます。 -------- 抜粋ここから ------- …わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いや、ふたつの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。 -------- 抜粋ここまで ------- 収容所という劣悪環境においても善の態度を示すことができたにんげんもいることに感動します。 平和ボケした日本でも、まともでない人間が多くなってきました。仮に日本人が著者と同じ体験をしたのであれば極悪な行為に走る人間が多いのではないかと憂う今日この頃です。 身近な例では、最近(健常者であるにもかかわらず)車に身体障害者の車いすステッカーを貼っている方々が増えてきています。本来身体障害者のために設けられている身障者用の駐車スペースに平気で車を駐めることに何の抵抗も抱かない人が増えてきていることなど、現在の日本は何かおかしくなってきているのではないでしょうか。 上記はあくまで一例ですが「まともな人間」としていられるよう気をつけたいものです。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| 銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
ジャレド ダイアモンド(著)
Jared Diamond(原著)
倉骨 彰(翻訳)
¥ 1,995(税込)
通常3~5週間以内に発送
ジャンル内ランキング:1,451位
カスタマーレビュー数:52
【Amazon.co.jp】
銃と軍馬―― 16世紀にピサロ率いる168人のスペイン部隊が4万人に守られるインカ皇帝を戦闘の末に捕虜にできたのは、これらのためであった事実は知られている。なぜ、アメリカ先住民は銃という武器を発明できなかったのか?彼らが劣っていたからか?ならば、2つの人種の故郷が反対であったなら、アメリカ大陸からユーラシア大陸への侵攻というかたちになったのだろうか? 否、と著者は言う。そして、その理由を98年度ピューリッツァー賞に輝いた本書で、最後の氷河期が終わった1万3000年前からの人類史をひもときながら説明する。はるか昔、同じような条件でスタートしたはずの人間が、今では一部の人種が圧倒的優位を誇っているのはなぜか。著者の答えは、地形や動植物相を含めた「環境」だ。 たとえば、密林で狩猟・採集生活をしている人々は、そこで生きるための豊かな知恵をもっている。だが、これは外の世界では通用しない。他文明を征服できるような技術が発達する条件は定住生活にあるのだ。植物栽培や家畜の飼育で人口は増加し、余剰生産物が生まれる。その結果、役人や軍人、技術者といった専門職が発生し、情報を伝達するための文字も発達していく。つまり、ユーラシア大陸は栽培可能な植物、家畜化できる動物にもともと恵まれ、さらに、地形的にも、他文明の技術を取り入れて利用できる交易路も確保されていたというわけだ。また、家畜と接することで動物がもたらす伝染病に対する免疫力も発達していた。南北アメリカ、オーストラリア、アフリカと決定的に違っていたのは、まさにこれらの要因だった。本書のタイトルは、ヨーロッパ人が他民族と接触したときに「武器」になったものを表している。 著者は進化生物学者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部教授。ニューギニアを中心とする長年のフィールドワークでも知られている。地球上で人間の進む道がかくも異なったのはなぜか、という壮大な謎を、生物学、言語学などの豊富な知識を駆使して説き明かす本書には、ただただ圧倒される。(小林千枝子)
【くちコミ情報】
壮大な知的冒険
なぜユーラシア大陸の文明が栄え、アメリカ大陸(ネイティブアメリカン)の文明を滅ぼしたのか。 そのキーワードとなるのが銃・病原菌・鉄である。 ではなぜユーラシア大陸でそれらが発展し、アメリカ大陸では独自に発展しなかったのか。 本書ではその理由を大胆な仮説で爽快に示している。 その理由はいわれてみればたしかにそうだなとうなずけるものであるし、実際、なんとなく その理由を感じ取っていた人も少なくないと思う。ではなぜこの本が魅力的なのか。 著者は専門分野にとらわれない幅広い教養を持っている。その学際的な知識が絶妙に 絡み合い、人類の長い歴史を描いていく様子がとてもエキサイティングなのだ。 これからの学問は学際的な知識が必要とされていると言われている。 この本こそまさにそれであり、新しい時代を切り開く良書である。
適応の結果
民族が受けてきた環境や影響が文明を決定する。よく覚えておきたいです。どこぞの神に愛されたとか人種優劣論何かのせいにしないように気をつけたいです。 マクロ的な影響は選べないにしても、ミクロ的な影響は自分で選んでゆきたいです。
文明の進化の要因を探る
ヨーロッパ人がアメリカ先住民を征服できたのは、ヨーロッパ文明が強くアメリカ先住民文明が弱かったからです。そしてヨーロッパ文明の強さの象徴が『銃・病原菌・鉄』です。 そして本書では、何故ヨーロッパが強く、アメリカ先住民が弱かったのかを分析しています。 そのロジックはただ一つ、より適したモノが生き残り増殖するという『ダーウィンの進化論』です。 著者はユーラシアが有利で、アメリカやアフリカが不利な条件を抜き出していきます。 その理由として、 0.文明が発達するには一定以上の人口の量と密度が必要であり、それらを確保するには食物生産が必要である。 しかし 1.ユーラシアには栽培に有利な野生の食物が沢山あったが、アメリカには少なかった。 2.ユーラシアには家畜にしやすい野生の動物が居たが、アメリカには少なかった(先住民が食い尽くした)。 3.東西に伸びているユーラシアは緯度に違いが少なく、気候が同じだったので食物や文明の交流が活発だったが、アメリカは南北に伸びているので気候の変動が大きく砂漠などにさえぎられて交流が少なかった。 このためアメリカ先住民の文明はユーラシアより数千年遅れを取ったというのが、著者の主張です。 これらがどのように文明に作用したのかを事細かにシミュレーションしています。 ダーウィンの進化論は『確率論』に根ざしており極めて汎用性が高い理論なので、種の進化にも、文明の進化にも、技術の進歩にも、企業の経済活動にも、応用できます。 そして本著は、その進化論が実際どのように働くかを知ることが出来ます。
人類の歴史を解き明かす書
本書は、ユーラシア、アフリカ、アメリカ、オーストラリアと言ったそれぞれの大陸で発展してきた文化、文明に大きなレベルの差を生み出した原因を追及しようとした力作。 著者が本書を書くきっかけになったのは、ニューギニア人のヤリが著者に問いかけた、 「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」 という質問である。 著者はこの質問に対する解として、 ・銃 ・病原菌 ・鉄 が、現在に於いても、「発展途上国」と分類されている人たちの人類史に大きな影響を与えたと言う。 上巻ではそのうち、食料生産と農耕が、大陸によりどのように異なる歴史を持っていたのかを解明している。 ここでは、食料生産の多寡が、現代に於ける、「持てるものと、持たざるもの」を分けた大きな理由であるという事が言われているが、その食料についても、緯度の違いによる環境の差が収穫出来る食物の種類や量を、ここまで決定づけているとは、本書を読むまで全く知らなかった。
科学者の見た人類史
科学者(進化生物学者)の見た人類史です。 シャーレの中のバクテリアの増殖に向ける視線で、人類の移動や進化について書いています。 アレキサンダー、エジソンなどという固有名詞つきの英雄、天才を軽視した歴史。 歴史は必然と偶然の積み重ねで進歩してきた事実に過ぎないことを美しく書いています。 子供の頃の私は、歴史の授業が苦手でした。 教科書はまったくアカデミックでない「英雄列伝」だし、 歴史好きと称する人の多くは「英雄好き」「戦争好き」のマッチョ思想の持ち主か、 雰囲気が好きという「オシャレさん」でしょ? という偏見があったのかもしれません。 そんなものは武道や道徳や美術の時間にやっていただきたかった。 脱線しましたが、こういう科学歴史なら歓迎です。 文明国が非文明国を滅ぼすに至った要因=病原菌であること、 発明は必要の母、であることなど、 衝撃的な事実を知れたことがとても楽しく、そしてまた、 これから先の未来もどうなるかわからないなぁ、という壮大なロマンも感じられ、素敵です。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| 坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎(著)
¥ 620(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:807位
カスタマーレビュー数:84
【Amazon.co.jp】
同じ松山で生まれ育った正岡子規と、日露戦争で活躍した秋山兄弟。子規は病と闘いながら俳諧の革新に挑み、秋山兄弟はそれぞれ日本の騎兵、海軍の技術向上に尽力した。当時最強とうたわれたロシアのコサック騎兵を打ち破るべく、ひたすら仕事に打ち込む兄好古と、文学の世界に未練を残しながらも海軍に入隊し、海軍戦術を研究し続けた弟真之。2人のまじめな努力の成果は、歴史が証明している。誰もが立身出世を目指した時代に、彼らがどうやって自分の人生の意義を見出したのか。そんな視点から読んでみるのもおもしろい。 司馬遼太郎の大河小説の中でも、本書は特に評価が高く、ビジネスパーソンをはじめ、多くの人々に読まれている。改革の時代にこそひも解きたい、そんな1冊である。(土井英司)
【くちコミ情報】
もっと早く読んでいれば…
私は学生のころから歴史などにはまったく興味がなく、自然と理系の学部に進学しました。学校の授業で教えられる歴史は断片的なものが多く"何年に何があったか?"(歴史)、"俳人の考えを類推しなさい"(国語)などジャンルを超えた繋がりがなく、どうしても興味がわかなかったことを覚えています。 社会人になり多くのCEOが本書を推薦しているのを見て読み始めたのですが、司馬遼太郎の歴史描写は臨場感があり人々の思想や時代背景など一連の繋がりを持って描かれているので「その時代の感情」を共感することができ興味がそそられます。 司馬遼太郎さんの言葉で「歴史上の事実を一つ一つ集め、脚色せず綴っていくことで、ひとつの小説が出来上がる」とありますが、それだけの情報の裏付けがあることで臨場感や親近感が生まれるのかもしれません。 学生時代に本書を読んでいれば、もしかしたら今とは違った道に進んでいたかもしれませんね
世界の日本にした男達の生き方
日本がロシアに勝ったなんて、恥ずかしながら知らなかったです。 秋山兄弟を主として、いろんな登場人物が出てきます。その中でも児玉源太郎が特に好きです。世界の3大提督である鹿児島の東郷平八郎も出てきます。 秋山真之「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」 児玉源太郎「諸君は昨日の専門家であるかもしれん。しかし明日の専門家ではない」 203高地の占領、バルチック艦隊に完全勝利する描写が血沸き肉踊るシーンです。(戦争を賞賛してはいけませんが) この本は経営者が選ぶ本、第1位にもなっています。全くその通りだと思います。今まで読んだ小説の中で一番です。 NHKで平成21年に放送予定なので、楽しみです。
最も司馬さんらしい小説
司馬遼太郎作品の魅力は、時代背景に関する情報がふんだんに盛り込まれていて、物語が立体的に浮かび上がってくるところだと思います。そうした意味では、本書は最も司馬さんらしい小説のひとつだと思います。余談が多く、至るところで話が脇道にそれますが、それがまた楽しい。あとがきで、司馬さんご自身でロシア語の資料を読み込んでいたというのを知って驚きましたが、小説の密度を考えると納得できます。物語は秋山兄弟と正岡子規の物語というよりも、日露戦争に関わった様々な人々の人間ドラマと言ったほうがいいと思います。「坂の上の雲」という伸びやかなタイトルではありますが、この小説を貫いているのは、西欧列強から侵略されるのではないかという当時の日本人の切迫した危機意識・恐怖心です。それを避けるために頭脳を振り絞り、尊い人命を犠牲にしながら、必死で生きていた人々の様子がひしひしと伝わってくる小説だと思います。
少し冗長??
テンポはいいし、有名人が綺羅星のごとく表れ、飽きさせない話だけど、少し冗長!! 本題と関係ない細部の話、これ自体が司馬の知識欲を示すのだろうが、あまりに多すぎる。 1巻を読み終わっても少しも核心に触れていない気が。
きらきらと輝いていた時代
明治の人に対して、ストイックなイメージを持って読み始めると肩透かしをくってしまいます。 司馬氏も何度も触れていますが、明治創世記には個人の出世、栄達と国家の発展というものが一致した時代であり、人々が学問をし、技術を学び、国家に必要と考えられること(まあ、ほとんどの分野なのですが)に身を削るように努力し世に出ることが、そのまま国益に直結した(司馬氏も言ってますが、ある意味で)幸福な時代でした。 個人は、藩を脱し、国家というものを意識し始め、新しい枠組みの中で一心不乱に自己の欲望と課題に素直に取り組み、「坂の上の雲」を目指しました。方法論において彼らはストイックです。しかし、その根源には自分のやるべきこと、やりたいことを極めて生きたい、貪欲で切羽詰まった自我というものが顕著であり、子規にしろ、真之にしろ、彼らを突き動かしているものには、ひどく生々しさを感じさせます。 この時代がきらきらと輝いているのは、こうしたモチベーションが奇妙に「公」と結びついてること(だからこそ、秋山兄弟は自分の志向とは異なった軍人になった)、澄み切っていること(子規はそうでしょう)、そして動機において純粋であるが故に行動に躊躇や曇りのないこと、そして更に、決定的には、そこにまだ江戸期の侍の無頓着さ、潔さみたいなものが残像として佇んでいるからなのでしょう。 近代日本創生期に生きた人々の精神の構図と時代の気分がここにあります。(そういう志向はなくとも)日本人であることのプライドが自然、芽生えてくるような、そんな物語です。
|
|
|
| 
おすすめ度
【関連のオススメ商品】
| 坂の上の雲〈2〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎(著)
¥ 620(税込)
通常24時間以内に発送
ジャンル内ランキング:749位
カスタマーレビュー数:13
【くちコミ情報】
時代のうねりが伝わってきます。
日清戦争以降の時代の大きなうねりの中で、秋山好古、真之、正岡子規がそれぞれの境遇、立場の中で、感じ、行動する様の対比がおもしろい。 滅び行く清や、日本の前に立ちはだかろうとするロシア、そしてそのような状況の中で日本はどこへ行こうとしているのか、時代背景が手に取るように伝ってくる。
子規の実像と明治人気質
この巻では主に、闘病しながら文筆活動を続ける正岡子規と、軍人として活躍を始める秋山真之を中心に描かれています。 正岡子規に関して小学校の教科書レベルでしか知らなかったので、過去の俳句や短歌を検証し、新たな作風を作り上げていった彼の功績を初めて知りました。それにもまして結核を患いながらも壮絶なまでに創作活動を行う彼の執念に胸を打たれます。 一方、秋山真之という人物の資質は、欧米に追いつき追い越そうとする明治日本になくてはならないもののように感じます。「飛ぶが如く」で |